香辛料を混ぜたような、強い匂いがした。
トイレを出ると、そこは別世界。槍が無い。
煙る香りに、目を開けていられなかった。なんだよ、これ?
乱雑に積まれ、崩れ落ちた書物や、怪しいガラクタが円錐形に、山のように、雑多に散らかっており、その間にかろうじて設けられたような通路を、縫うように進む。薄ぼんやりした明かりが先に見え、どうにかこうにか、歩を進める。

「あのーすいません。ここって……」
「…!」
「あの」
「んなぁっ!?」

悲鳴にも似た叫び声『んなぁっ!?』が、ハモった。見つめ合う。
身かわしの服に似たフード付きのローブ姿の…女の…子?明るいピンク色の、髪がチラリと見えた。
ランプの明かりを手元に、何か作業していたようだった。

「いきなりで、ごめん。えー…と、迷子になっちゃって…」
「アンタ、誰?」
「巡礼に来た者、なんですけど…」

間違っては、いないよな。

「…アタシは【まじょ】。
地下神殿内部に住み着いてるから、気をつけなよって、誰かから聞いたこと無いのか?」
「えと……」
「あぁもぅ!ホンットに初心者の、迷子が多いんだから」
「ご、ごめんね」

腕組みのまま唇を尖らせている魔女に、素直に謝る。

「で?アンタはもう、最深部まで行ったのか?」
「いや……まだ……」
「まだ?ああそぅ。また間違って来られても、アタシは正直、困るからねぇ…。リレミトは、しないでおくか。
 アンタが出てきた…扉の中の鎖を二回引けば、戻れるからね。わかった?」
「ん?何?」
「話…聞いてんのかっ!?」

およそ魔女に似つかわしくない、弾むような声だったので、魔女っ娘……じゃね?という言葉は飲み込んだ。

「いい?さっきの所に、戻るの!?」
「うん…。凄い散らかり方だよね…。僕さっき、掻き分けるようにして……」
「ああ、うるさいな!そん位、アタシにもわかってるわよ!?」
「あ、ごめんっ」

じっと睨まれる。や…べぇ…怒らせちゃった?

「ホンットに……覚えてないん…だね」
「…え?」

い!?千影ちゃんの気配!?
見つめ合う。いや、違う。口調が違う。何だか温かみがあるし。視線が。

「魔女さん……?」
「んーん。忘れちゃったかぁ~。
ま、ボーッとしてるのは、今も健在ってコトかぁ」

…何だろう。一方的に納得されていて、ムカついた。

「それ…どういう意味?
あと、リレミトって何?呪文?何の呪文?」

抜け目なく。



続く