仏教では、厳しい修行を繰り返して、後に悟りを開くことが一番大切に言われますが、瞑想して無心になることは、本当に大切であると思います。しかし、本来人間は皆、煩悩を持っており生まれながらに自分が可愛く、寝たい(睡欲)・食べたい(食欲)・異性を好きになる(好色の欲)を持っています!。 そのために、その煩悩から離れるように断食をしたり、修行を行う山では女人禁制になっています。

宗祖である親鸞聖人は、若い頃に比叡山を訪れて修行しても悟りを開くことができなかったようです。他の宗教宗派の僧侶からは、甘いと批判する者も少なくなかったようです。

そして、宗祖である親鸞聖人はスズメが夫婦で仲良く生活しているところを見て、我々は親が結婚したために生まれており、寝たり食べなくては生きていけません?。このようなことから、生き物である人間も全く同じで、厳しい修行を積み重ねなくても、念仏を唱えれば、誰もがお浄土に行けるとおっしゃたようです。

このような考えは、他力本願(仏の光)の考えに沿ったものではないでしょうか?。

そして、私は他力本願の意味を周りの人や与えられた環境に感謝することと思っています!。