その子は、公園をぐるりと囲むベンチの目立たない所にひっそりと腰掛けて、
雲一つない青い空を眺めていた。くつろいだ様子で腕をだらんと下ろし、
さっぱりとした優しい笑みを浮かべているけれど、どこか、淋しそうだった。
そしてなんとなく、自然と、足はそちらへ向かっていった。
少し肌寒い夏の日の、昼下がりだった。
 


 どうしてこんなにもこの国の空は、突き抜けるようにどこまでも青いんだろうと、溜息がこぼれた。気付けば毎日、同じことを呟いている。地球の反対側での一ヶ月の日々は、ただひたすら空を眺めていたように思えるし、他に何かあっただろうかといっても取り立てて出てこないところを見ると、本当にそれだけで過ぎ去ったのかもしれない。長いようで短くもある30日という日数に、満月と新月がまた一回転してしまったということに大した感慨も抱かないというのは、一日を30時間くらいで動いてたほんの少し前までの私からしたら、信じられない姿なのであろう。でもそんなことも、今はどうでもよかった。

 隅から隅までまんべんなく光を放っているかのように眩しく広がる広大な天井からの、あふれんばかりのエネルギーを受けきれず、少しずつ涙がにじんでくるのは私の眼の弱さのせいだろうか。太陽は頭の向こう高くに昇り、黄色い日差しの袖はひとつ残らず青い色の中に吸い込まれてしまったかのようだ。次第にこめかみのあたりも鈍く、重く痺れてきた。

 耳のすぐ横で、誰かが力いっぱいドアをたたきながら私を呼んでいるかのように、鼓動がやけに、大きく響く。

広場を囲むように連なる、細長いベンチの輪。東と西のちょうど真ん中に位置する端に浅く腰かけたまま、腰を上げることも忘れて、しばし呆けていた。重厚な土台から上へ行くにつれてすぼまってゆく先にあるカセドラルのてっぺんは、上から何かが降ってくるのを待っているように、やけにきらきらしていた。そこから見えるのは山の向こうか、それとも薄く広がる水平線か、それとも秘密のガラスを通してみた、本当の世界だろうか。そんなものがあるとしたら、案外、荒涼とした砂漠みたいに殺風景なものかもしれないけど。

 突然青い隙間から白い天使が真っすぐ堕ちてきて、その鉄塔に、ゆっくりと、音もなく、やわらかく突き刺さる。細い鉄塔の真ん中で僅かに弾んだその体はシャボン玉のように少し歪んでふくらみ、軽い音を立てて大きくはじけ、あたりいちめんにふわふわした軽い羽となって舞い散った。揺れながら舞い降りる羽に触れたとたん、広場に集まっていた人も、猫も、犬も、あらゆる生き物の背には、強くしなやかな羽根が現れる。我に返って振り向けばこの私の背にも、自由に動かせる大きな翼があった。試しに開き、閉じ、何度か動かしてみる。瞬きほどの力で軽々とそれは動き、周囲の空気が濃くなったように感じる。ふと見上げれば、青さが一段と近くにあった。青さを増し、高速で迫りくる空に押しつぶされてしまわないように、はやくここから飛び立たないと……





 もうすぐ地を蹴って飛び立てる。体はすでに、空中で風に吹かれる気持ちよさのイメージで興奮している。大きく胸いっぱいに息を吸ってそっと目を閉じた瞬間、本当に私に降ってきたのは、初めて耳にする、低く響く太い声だった。



Hello?







 あの日、僕らは酒の瓶を抱えたまま、何か面白いことを探して、ふざけながら歩きまわっていただけだった。陽気さに浮かれる街は小ぢんまりとし過ぎていて、酔わないととてもじゃないといられなかったし、そう珍しいことなんてそうそう起きることのない、本当に小さくてのどかでかわいらしい街なんだから。だから本当にあの日の君は、勇気があったしその判断をほめたたえたい。酒の瓶を持って交番の前で飲むなんてことよりもずっと度胸があって挑戦的だった。神も運命も大して信じてはいないけど、あの日のことは、神だろうが先祖だろうが、本当に心の底から、感謝してもいい日だと思ったんだ。





<続>