心のどこかではわかっているのだろうに
切り捨てられない自分がいる。

非常に決断力がなく 臆病で 諦めが悪い。


過去の"楽しかった"リストに上るような
わくわくして仕方ない日々に戻ることで
その頃と全く同じように ただ在るがままを
空間と自分を楽しめるのであれば
どれだけ楽なことだろう。

選択も決断も予見も問題対応も
過去に例のあるものの方が安心だし
費やすエネルギーも少なくて済む。

だから性懲りもなく
「もしかして、前より楽しめるかもしれない」と
懐かしさに浸るふりをしていそいそと舞い戻り
心の中にいるもう一人の私とその実際を確かめる。

扉のこちら側からそおっと覗き
聞こえてくる音と懐かしいにおいをたしかめ
昔と変わらずに在るその世界に自然と頬が緩む。
でもそれだけでは、ビデオで見ているのと同じだ

おそるおそる足を踏み入れ
足の裏に感じる感触を記憶の中のものと比較する。

「どう?」「…なんだか違う」
「やっぱり?」「うん、やっぱり駄目みたい」
「そうか、残念だね」「残念だけど」

目まぐるしく変わるものに
いつまでも変わらないもの
でもそれらのせいではないのだろう。
一周ぐるりと回って来る間に
余計なものをくっつけてきてしまったのか
それはこれから必要なものだろうから
余計とは呼びたくないけれど
「この場所」に居続けるためには少々邪魔になるらしい。

背筋を伸ばして沸き返る空間を眺め渡し
底の方に残ったビールを飲み干すと
身を翻して静かに扉へ向かう。
思い手摺りを押し開け体をすべらせると
時間を置いて 後ろでばたんと音がする。
その瞬間、ひとつの部屋を抜けたのだと
あらためて悟るのだ。
これから新たな部屋の扉を開けるのか
それとも
もう既にそちら側に出ているのか。
いずれにせよ背中に残る余韻を味わいつつ
引き寄せる重力を必死に剥がそうとしている。

こんなことを繰り返していたのだ
この数ヶ月間。
ひとつひとつの場所に赴いては
「済」のスタンプを押す。
そうやって 次へ進むために
身の回りの整理をしてきたんだ。

そして新たな風がふきはじめる。
胸を張り 重い扉を開ける準備は出来た。



ずっと右手に握られていた小さなボトルは
それ自体が熱を放っているかのように
ほんのりとあたたく 手の平によく馴染む。

力をゆるめれば
真っすぐ地面へと向かい
うまくいけば
華奢な音と共に割れるだろう。

たとえ割れずとも
幾分 何かが
軽くなるのだろう。


ひとつ息を吐き
ゆっくりと 指をほどいた。