こんばんは~。


 今日は子どもたちのお迎えと世話をダンナに頼めたので、日頃のため込んだ仕事を片づけるためにがっつり残業でした。
 めずらしくダンナの機嫌が悪くなることなく、「無理せずあがれるようがんばれ」なんて優しい言葉をかけてもらいました。


 昼休みを削って働いても定時には終わらず、子どもたちはいつも保育園で最後のお迎えです。
 申し訳なく後ろめたい気持ちになるけど、精一杯の毎日です。


 立場上、管理業務の仕事もあり、そういった仕事の指令や業務連絡はメールでくるのですが、メールをチェックすることや書類の検分や作成ができない日も多い。
 物理的に時間がないというのはいいわけとしてもお粗末。


 抽象的にしか書けませんが、立場上プレッシャーも一手に引き受けざるを得ないのですが、正直滅入ります。。。


 子どもたちに我慢をさせてまでやりたい仕事なのか?とか、いやいや経済的にも仕事は必要でしょうとか、かといって子どもたちにかける負荷はこれが限度だろうとか、毎日悶々と考えてしまいます。


 そんな風に考えてしまうのは困難から抜け出したいという弱気も原因かもしれませんが、うまく毎日を切り盛りできていない状況が続いているからに他ならないでしょう。


 でも、もし仕事をやめるとするとある可能性が現実味を帯びてきます。


 ダンナの実家での同居再開です。


 でも、それは難しいと思っています。。。


 ダンナとしてはきっと、義父と同居できることが最終目標でしょう。
 私が仕事を手放せば経済的にも厳しくなりますし、今の住まいも手放して同居と言われるのは目に見えるようです。
 いろいろありすぎたし、関係修復がされないまま10年経ってしまった今、もう考えられない。
 こぴよが生まれた直後は、同居はなくても関係を再構築するべきだと考えていましたが、それをダンナに提案しても「いつかね」と言われて、気づいたら子どもだけ連れて義父に会わせるようになっていました。


 義父の健康状態を理由に別居をちらつかされた昨年のことを考えても、専業主婦になるという選択肢は私にはないなと改めて思いました。
 働いてるからこその恩恵もたくさんあります。


 私が将来転勤を余儀なくされるのなら、私が仕事を辞めて専業主婦になることも考えているし3人目は難しいとダンナからは言われます。
 確かに、ただでさえこの生活でひいひい言ってるのに、3人なんて私の能力を超えた話かも。
 でも、家計も一緒にして、職場を変えても仕事を続けていければ、余裕はなくてもがんばれるんじゃないのかなとか考えてしまいます。


 そしてふと、私は仕事をがんばりたいのか、がんばるしかないのか、はたまたがんばれないのか、自分で自分がわからなくなるのです。


 仕事との両立が大変であってもワーキングマザーとなって、経済的に自立した女性として生きることを幼い頃から両親を通じて自分の人生だと信じて疑いませんでした。
 でも、その立場になると想像以上に難しい。
 改めて、4人を育てた母のがんばりに頭が下がる思いです。


 心が弱くなってるときに、保育士さんから「今から遠くの家に帰るの大変でしょ。ご自宅近くに新しい保育園ができましたよ」と言われると、いつもギリギリだから保育園を辞めてほしいと思われてるのかと被害妄想的に受け取ってしまいそうです。
 職場から5分だからなんとか間に合っているのに、職場から離れたらどうにもならない。。。


 深い考えもなく家から近いと楽だと考えてみただけかな?
 それとも、職場より自宅近くにすることで、結果的に早く帰らざるを得ない環境にしたほうがいいよということなのかな?


 とりあえず、こんな風に気持ちがさ迷うときは、目の前の1日1日を乗りきることに集中しなくては。
 いいこと探し、できてること探しもしてみます。