『昨年のストーカー被害者数が前年を上回り、この10年で過去最高の被害者数となっていることが判りました。
またその被害内容も年々過激化しており…………』
 
 
ブチンーーー
 
 
キョーコは身支度を整え終わると、テレビの電源をオフにし階段を下りた。
 
 
最近……誰かに見られてる。
 
 
"きまぐれ" のスタジオ収録からの帰り。
局の自転車置き場に着いた時。
暗がりに誰かがいるような気配を感じた。
 
朝学校に行こうと、だるまやを出た時にも、見慣れない黒塗りのワンボックスカーが妙に気になった。
 
でも、はっきりと何かされた訳でも、不審者を目撃した訳でもない。
 
あくまで、そんな気がするーーその程度のことだった。
 
 
 
「…………そう。
 
 しばらくマネージャーでも付けてもらえるか椹さんに聞いてみたら?」
 
 
キョーコは最近の違和感をラブミー部の部室で会った奏江に話していた。
 
 
「でも……ただの私の思い過ごしのような気もするし……。」
 
 
「……そうだとしても、何かあってからでは遅いんじゃないかしら?」
 
 
「うん……そうよね……。
一度聞いてみようかな。」
 
 
じゃあ私は次の仕事に行くわよ、と奏江がラブミー部のドアを開けたその時ーー
 
 
「……やぁ。」
 
 
入れ替わるようにして部室へと入ってきたのは、事務所の看板俳優・敦賀蓮。
 
サクッと蓮に挨拶だけして奏江はそのまま去っていった。
蓮に気づいたキョーコも慌てて立ち上がり挨拶を交わす。
 
 
「……どうかしたの?」
 
 
「えっ!?
いえ、別に……。」
 
 
「そう?」
 
 
キョーコは蓮に余計な心配をかけまいと口を噤んだ。
 
 
「ところで、今日はどうしてこちらに?」
 
 
蓮にお茶を出しながら、キョーコは率直な疑問を尋ねた。
 
 
「うん、君に会いに。」
 
 
「え……」
 
 
「ほら俺、明日からしばらく撮影で海外だから。」
 
 
「あ、雑誌の撮影ですか?」
 
 
「うん、そう。
その前に一度君に会いたくて。」
 
 
にっこりと神々スマイルを炸裂させる蓮に、怨キョが必死になって防護服の襟ぐりを閉じていた。
 
 
「……ご飯、ちゃんと食べて下さいね?」
 
 
不安気に蓮を上目遣いで見るキョーコ。
 
 
「もちろんだよ。
心配ならメールもするから。」
 
 
「はいっ。」
 
 
「最上さんも、俺がいない間……気を付けてね?」
 
 
「は……い……。」
 
 
「…………。
じゃあ、俺は行くね?」
 
 
俯いたキョーコの頭をそっと撫でると、蓮は扉へと向かった。
 
 
「あ、行ってらっしゃい!」
 
 
「クスッ、行ってきます。」
 
 
パタリと閉じた部室のドアを見ながら、キョーコは寂しさを覚えた。
 
 
何も知らないはずの蓮から言われた言葉
"気を付けてね"
 
 
何に?何に気を付けたらこのモヤモヤは晴れるんだろうかと……。
 
キョーコはしばらく悩んだ末、奏江に言われた通り椹に相談すべくタレント部へと向かった。
 
 
 
 *  *  * 
 
 
 
「あ~だりぃ……祥子さーん、着替えー」
 
 
「ねぇ、尚?」
 
 
「あ?」
 
 
「あなた……東京(こっち)に出てくる前、何か問題とか起こしてない……わよね?」
 
 
「んだよ……何もねーよ。
 
……つか、何かあったのか?」
 
 
「うん……ちょっとファンレターとは言えない手紙が最近頻繁に届いてるみたいで……事務所でちょっと警戒を……ね。」
 
 
「んなもん前からじゃねーの?
俺へのファンレターなんて9割女子からだけど、残りはいつも妬み嫉みじゃねーか。」
 
 
「うん……そうなんだけどね……。
 
尚、一応しばらくの間は警護も増やしてもらうけど、念のため周囲に注意して行動して頂戴ね?」
 
 
「はいはーい。」
 
 
 
 *  *  * 
 
 
 
ーーー翌日
 
 
今日も例のワンボックスカーが停まっているんじゃないだろうか……
キョーコが一抹の不安を抱えながらだるまやを出ると、その場所に停まっていたのは見覚えのあるシルバーのセダン。
 
 
「あ……」
 
 
ほっとしたと同時に漏れた声。
そして下がるウィンドウからはこれまた見覚えのある顔。
 
 
「おはよう、キョーコちゃん。
学校まで送るよ。」
 
 
車に乗り込んだキョーコが学校までの道のりで訳を尋ねると、蓮の海外ロケは今までも社とは飛行機の便などを含めて基本は別行動で、それならば海外ロケに慣れている蓮にとってそれほどマネージャーは必要でもなく、また今回の撮影にあたっては社長の専属の美容師を連れて行くことになったから、その間社はキョーコに付くようにと、椹から話がいった社長の判断だったという。
 
 
(あ、敦賀さんにはミューズが同行してるんだわ……)
 
 
キョーコは社が自分に付いてくれたことに、そして蓮が一人じゃないことにも安堵した。
 
 
「学校が終わる時間にまた待ってるからね。頑張って。」
 
 
「ありがとうございます!」
 
 
多忙な社を私用で使ってしまっているようで申し訳ない気持ちと、自転車移動よりも芸能人らしい送迎付きにくすぐったさを感じながら、授業を受けるキョーコ。
 
その後も学校からテレビ局への往復を二日間続けてもらったキョーコ。
 
三日目は朝からBOX"R"の撮影に入っていた。
 
都内の大きな公園でのロケ。
ナツ抜きの場面撮影のため、キョーコはカメラに映り込まない場所のベンチで一人、休憩を取っていた。
 
撮影の様子を遠目に眺めているとふいに携帯が震える。
 
 
[食事、きちんと摂っているよ\(^o^)/
   そちらはどうかな?]
 
 
そのメールに自然と笑みの零れるキョーコ。
 
 
[社さんが付いてくださっているので大丈夫です。
   撮影、頑張って下さいね。]
 
 
そんなやり取りに、公園内の揺れる緑と同じく穏やかな時間が流れていた。
 
今日は社は別件でキョーコのロケには同伴できないが、撮影が終わればまた社が迎えに来てくれる。
 
そんな日々を過ごすうちにやはり思い過ごしだったのだろうと、キョーコの不安もすっかり消えかけていた。
 
 
「お手洗いに行ってきます。」
 
 
近くで作業をしていた撮影スタッフに声をかけ、少し離れた場所にある公衆トイレへと向かったキョーコ。
 
手を洗って出てきたところで、見慣れない男性と目が合ったと思ったら声を掛けられた。
 
 
「……あの……」
 
 
自分を認知している一般人だろうか?それとも道でも聞かれるだけなのか?
 
 
「……京子さん……ですよね?」
 
 
ナツの衣装でいる自分を"京子"と呼ぶということは少なからずファンの一人と思ってもいいのだろうか?そう思いながら、キョーコは答えた。
 
 
「はい、そうですけど……」
 
 
「前からファンだったんです。
握手、してもらえませんか?」
 
 
遠慮がちに出された右手を見て、悪い気がしなかったキョーコはそっと右手を差し出した、その時ーーー
 
 
ガッ
 
 
一瞬にして手を捻られ、後ろ手に回られたキョーコ。
 
 
(しまったーーー!!)
 
 
「なっ!!」
 
 
何をするんですか!の言葉が出る前に口元をハンカチで塞がれた。
 
失われゆく意識のなかで、薬を嗅がされたんだということだけは認識できた。
 
 
 
 
 

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※実はこれを書いていたのが、1月~2月……。本誌を追っている方は私と同じくびっくりされたのでは……。
 
 
さて!
昨年の4月、二周年記念に頂いておりますリクエストの中から……
今回は、みやさんより頂きましたリクエストに挑戦させて頂きます(*`・ω・)ゞ
ご本人いわく、『邪悪なリクエスト』と言われた通りのなかなかに黒い展開を思わせる引きになっております・・|д゚)チラッ←
次話は更に邪悪になっていきますが、お付き合い頂けましたら幸いです(*-ω人)