過去の記憶 | 春風あかねのブログ

春風あかねのブログ

歯科衛生士とケアマネージャーの資格を持っています。くも膜下出血からの生還。最近では自己愛性パーソナリティー障害の人との関わりを絶とうと決心。

高2二女と話していると二女は「学校が超楽しい~」と
毎日学校LOVEな感じです。
もちろん進学校ですからそれなりに勉強も大変で部活終わって帰宅後は
宿題や予習復習で夜中までバタバタとやっております。
高校受験の時に大変な思いをし、やっと入れた高校なので
やる気も違うんだなと思いました。(2人の姉・兄はそこまで苦労せず入学)
私の学生時代の話をするとびっくりします。
このブログでも少しずつお話したいと思います。
テーマに女子中・女子高とありますが
私は小学校から公立ではなくて私立の女子中・高の一貫教育でした。
今なら都会では中学受験なんてたくさんいるとは思いますが
今から36年前はクラスで一人か二人の時代でした。
もちろん、学年でトップの子が受験するような感じで、私なんかは
「えっ?なんで?」といった部類だったと思います。
私は4人きょうだいで私が長女。
二女、三女、長男の妹・弟たち。
父親は外車を扱っているディーラーで社長。
当時は高度経済成長の真っただ中。
外車・国産車はバンバン売れた時代。
私も外車にしか乗ったことがありませんでした。
当時スーパーカーが流行っていた時代です。
当時にしては裕福だったのかもしれません。
母親は小さい時から体を動かすのが好きで
中学・高校と器械体操部でした(今ではその面影は皆無ですが)
その母親が通っていた学校に入れるのが母の夢だったようで
私は運動は好きですが体が硬く、器械体操とか新体操に
まったく興味がなかったので、半ば強制お受験させられました。
そしてその女子中に入学することになったのですが・・・
のちにこんなに大変だったとは思いませんでした。
続く・・・