何かが足りない-最終章 旅立ち- | 恋愛マグネット

何かが足りない-最終章 旅立ち-

前回までのお話は、こちら(目次) から


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「転勤先は、福岡だ。
新しく立ち上げたチームの管理者に選ばれた。」


「あっ、そうですか。
遠くなりますね。」


私は、「さみしい」という四文字をぐっと飲み込んで
彼の言葉に答えた。


「そうじゃなくて・・・」

彼が何か言おうとしたとき、私は彼の言葉にかぶせるように
次の言葉を言った。

「何が、そうじゃなくて、なんですか?
これ以上、私をどうする気なんですか?
派遣の女の子ともめたんでしょ?
他の女の子にもこういう電話しているんですか?

木室課長には分からないかもしれないけど、
女の子はね・・・
小さい時に一番最初に見る夢は、
お母さんになりたいなんですよ。
その意味が何かわかりますか?
大好きな人と結婚して、その人と一緒に
毎日を過ごしたいんです。

いつまで、私を振り回すんですか?
もう2年もなるんですよ。
でも、私はあなたの彼女には2年経っても
なれなかったんです。

あなたにとっては、結婚とか、付き合うとか
そういう言葉は馬鹿らしいのかもしれないけど、
私は、その言葉をずっと待ってたんです。

私にとっては、
お金とか、
仕事とか、
そんなこと
どうでもいいんです。
ただ、大切だよって、
一生一緒にいたいって
私が思っているように
あなたにも思ってほしかったんです。

ひどすぎますよ。
ひどすぎます。

だから、大好きだけど、決めたんです。
あなたとは、もうだめなんです。

あなたにとっても、私にとっても
このままじゃだめなんです。
これ以上、あなたが言ってくれる筈のない
言葉を待てません。

今まで、ありがとうございました。

じゃあ、切ります。」

「違うんだ!」

そういう彼の言葉が聞えた気がしたけれど、
これ以上彼の話を聞いてしまうと、
また同じことの繰り返しになりそうで、
私は電話を切った。


「もうだめだよ・・・」



それから、しばらく携帯の電源をずっと切っていた。

彼が福岡に旅立てば毎日顔を見ることもなくなる。
そうするとこの気持ちも自然と薄れていくように
思った。

彼の送別会の日、みんなは少しでも顔を出したらと
言ったけれど、私は頑なに拒否した。

この金曜日が終われば、次の月曜日からは
彼の顔を見なくなる。
一人、私は彼の送別会が行われている時間を
真っ暗な部屋に閉じこもりながら過ごした。
もう一度、逢いたい。
もうぬくもりも感じられない。
彼さえいれば、他には何もいらない。

結婚っていう二文字がどんな意味を持っているのか。
それで、大切な人と一緒にいれなくなるのが
どういうことなのか。
もう分からなかった。
ただ、その二文字で「安心」という形のない何かを
得られる気がした。


日曜日の夜中。
私はこらえきれなくなって、携帯の電源を入れた。
木室さんからのメールと友達からのメールで
いっぱいになった。

その中の最後のメールを読んだとき
私はこらえていた涙があふれ出た。

「ユウコちゃん、
もう電話に出てくれないんだね。
君と初めて会ったとき、
ほんとかわいい子だなと
思いました。
君は、いつも笑顔で
いつも元気いっぱいで
本当に僕に力をくれたね。
ありがとう。
もっと他に話したいことがあったんだけど
電話ではいうべきことじゃないと
思ったから。
話せなくて残念です。
月曜日、朝9時29分発の新幹線に
乗って福岡に行きます。」

最後の最後まで、ずるいよ。
ずるいよ。
優しい言葉も別れの時間も
聞きたくないよ。

私は、携帯を抱きしめた。
何が何だかもう分からなかった。


月曜日、会社にいつもより早めに向かった。
彼の一番奥にある席には山積みだった書類が
綺麗になくなっていた。

今、追いかければ、彼に逢える。
でも、もう終わらなきゃ。
まだ心の中で迷っていた。

月曜日の就業前は、みんな週末の出来事や
誰かの噂話で始まる。

彼がいなくてもいつもと同じだ。

「木室課長、今日から福岡だってな。
向こうで新しく立ち上げる部署の本部長だって。」

「えぇぇ。降格でとばされたんじゃないの?」

「それが、その逆、すごい昇格。
仕事ができることを認められて、数ヶ月前から
声がかかってららしいよ。
毎日、会議に出席してたもんな。そういえば。」

「誰だよ。降格だとか、言ったやつ。」

「吉川係長だよ。あの人、同期でどんどん昇進していく
木室さんのことを妬んで、そんな噂流してたんだって。
逆にあいつが、いいことを言って派遣の女の子に手を
出してたらしいぜ。」


「えっ、今の話もう一度聞かせて下さい。
木室課長は、えっ、違うんですか?」

「どうしたんだよ。ユウコチャン。
そうだよ。」

「私、今日、休みます。」

「えっ?ちょっと。」

私はホント馬鹿だ。
人の噂ばかり信用して。
ホント馬鹿だ。

タクシーに乗り込んだ。
「急いでください。」


ホーム着くと9時18分だった。
入場券を買う手が震えた。
私は、急いでホームへと向かった。

どこなの??

電車に乗り込む彼の姿を見つけた。
そして、
彼の腕をつかんだ。
「木室さん。大好きです。
私、これから先もずっと大好きです。
だから・・・」

次の言葉を言おうとしたとき、彼の腕が
私を包んだ。

「一緒に福岡に行ってくれないか。
ごめんな。
ロマンティックなプロポーズじゃなくて。
結婚しよう。」

私はボロボロその場で泣いた。
それと同時に心の境界線も流された。


ずっと探していた宝物。
それは、信用と愛情と形にできない大切なもの。
すべてがそろえば、こちらの愛が大きいとか
私の愛が大きいとかそんな小さなことを
気にしなくなる。

何かが足りない。
そう思っていた過去は本当の恋愛ではなかった。
私の恋愛は、今ここから始まる。