大人の発達障害者の更生? 思春期以降に気づいた障害者が社会で生きていくことの難しさ② | 発達障害一家・5人揃ってアスペ+ADHDだからできること

発達障害一家・5人揃ってアスペ+ADHDだからできること

ADHD+アスペルガー症候群の当事者です

息子たちと旦那も同じ障害を持っていますが
だからこそできること  を大切に。
HP URL:nekomama.site

 

大人や、思春期の人が 「発達障害」 にたどり着くとき、その経緯には壮絶な過去がある事が少なくありません。

 

現在中高生の世代だと、ちょうど我が家の次男と同じ世代になりますが、次男の同級生にも発達障害の症状から二次障害を起こし、学校に行かれなくなってしまった子は何人か存在します。

 

特性があることには気づいていても、防げないことも時にはあります。

わたしが今まで現実で見てきた高機能の発達障害児の半数以上は、中学後半から高校中盤までに、家庭では収まりきらない問題が発生し、転校や退学、もしくはそもそも高校に進学ができなかったり・・・

 

本来、障害がある以上、放っておけば「問題」が起きるのは当たり前です。

障害自体に気づいていても、こじらせるのなんかあっという間で、ただでさえ多感で不安定な思春期に、プラスαの要素が根っこにあって、つまづかないわけがないんです。

 

大切なのは、その原因をどう捉えるか。

 

 

「思春期だから」

「反抗期だから」

 

と、「障害」にたどり着けなければ、根本的なアプローチを間違える。

それは、大人になってもなんら変わりはなく。

 

「個性」

「性格」

 

と判断すれば、その責任は「本人」である、と。

 

「考え方」 や 「根性」 みたいなものを正そうとする。

 

けれど、どんなにそんなところに注目しても、なんの解決にもならなくて。

 

 

「どうしようもない」

「自己責任だ」

 

と、見放される障害者も多くいます。

 

「障害」ではなく、単純な社会問題とされている事柄の影に、「発達障害」が隠れていることは想像より遥かに多いことにきづいていますか?

 

 

テレビで流れる様々なニュースの裏だけではなく、

身近にたくさんいるはずの発達障害者。

 

単純に、子供の数より大人の数のほうがおおいんだから、

「発達障害児」よりも「大人の発達障害者」のほうが多いはず。

 

 

そして、「大人」に守られている「子供」の障害者よりも、自己責任で生きている「大人」の方が、社会に与える影響は大きいのです。

 

 

 

 

 

 

続く。