ぼくの純情をきみに捧ぐ | まよなかのゆりかごより

ぼくの純情をきみに捧ぐ

AO-EX、雪男くんの過去話。燐はねーちゃんです。……シュラ×雪男、なのか?







ぼくの純情をきみに捧ぐ



 だまし絵のように複雑に絡み合う暗く長い階段を下り、雪男が正十字騎士團日本支部・地下トレーニングルームに到着してみると、すでに先客がいた。
「よーう、ビビリー。祓魔師資格取得、おめっとさーん!」
「……シュラさん」
 相変わらずへらへら笑いながら手を振るシュラに、雪男は一応、ありがとうございます、と頭を下げた。
 よりによって、一番会いたくない相手と出くわしてしまった。
 とにかく一心不乱に銃を撃ち、胸の内にたまったいろんなもやもやや鬱屈を少しでも晴らそうと思っていたのに。
 ――昨夜も、姉さんの夢を見た。
 魔神の炎を受け継いでいる燐は、華奢な見た目に反して、人間離れした怪力を持っている。けれど夢の中の燐は、その姿通り非力な少女でしかなかった。
 それを自分は、力ずくで陵辱していた。文字通り、悪魔のような笑みを浮かべながら。
 中学にあがった頃から、繰り返し同じ夢を見ていた。その夢によって雪男は、自分が燐に対しどんな想いを抱いているか、あらためて思い知らされたのだ。
 こんなこと、誰にも言えない。実の姉を性愛の対象として見ているなんて。許されないことだ。
 けれどそう思えば思うほど、夢の中の燐が思い出され、頭も胸もいっぱいになってしまう。ほかのことがなにも考えられなくなってしまうのだ。
 それを振り払うため、任務終了後にわざわざトレーニングルームの使用許可を得た。腕があがらなくなるまでひたすら銃を撃ち続けよう。この体を酷使し、何も考えられなくなるほどくたくたになれば、今夜くらいはきっと何の夢も見ずに眠れるに違いない。そう思っていた。
 なのに、なんでこんな時に限って、シュラがここにいるのだ。日ごろから不真面目で、トレーニングルームになんか、もと師匠である藤本神父に首根っこ引っ掴まれて無理やり引きずられてこなければ、けして足を向けようともしないのに。
「史上最年少祓魔師だって? しかもいきなり、医工騎士と竜騎士のふたつも称号取得したんだろ? たいしたもんじゃねーか」
「ええ、まあ……」
 いい加減に相槌をうち、雪男はトレーニングマシンの調整を始めた。
 さっさとトレーニングを始めて、さっさと終わらせよう。こんな人間、相手にしないに限る。
 シュラから一番離れたマシンを選んだのに、シュラはわざわざ自分が使っていたマシンを止め、雪男の隣に移動してきた。
「なんでこっちに来るんですか」
「いいだろ、別に。競争相手がいたほうがやりやすいんじゃないのか、お前も」
 この人の気まぐれはいつものことだ。いちいちまともに相手にしていたら、きりがない。雪男は自分の訓練に集中しようと、銃を構えた。
「へー、すげえ。お前、二丁拳銃かよ。かっこいいじゃん、ビビりのくせに」
「いい加減にやめてもらえませんか、そのビビりっていうの」
「だーって。お前、ビビりだもん」
 シュラは軽口をたたきながら、トレーニングマシンから超高速で射出されるターゲットを次々に撃破していく。
 こうした実力だけは、雪男も彼女に一目置かざるを得ない。高い戦闘能力に加え、雪男にはない手騎士の能力も持ち合わせ、貴重な魔剣をも従わせるシュラは、実力だけならすでに四大騎士に匹敵する。
「ところで雪男。お前、もう童貞捨てたかあ?」
「はあ!?」
 ずがっ。
 銃口がブレた。
 ターゲットを撃ち落すはずの弾丸はあさってのほうへ飛んでいき、ゴムボールのような疑似魍魎が雪男の顎を直撃した。
「あてっ!」
「やーい、失敗してやんのー。今のが実戦なら、お前、即死だぞー!」
「いっ、今のは! 今のは、シュラさんがよけいなこと言うからでしょ!」
「なーんだ、やっぱりまだかよ」
 シュラもいったん訓練の手を止めた。そしてなぜかうんざりした表情でため息をつく。
「お前なー。獅郎に言われてねえのか。童貞の祓魔師なんて、危なっかしくてチームなんか組めたもんじゃねえ。なんでさっさと筆下ろししとかねえんだよ!」
「かっ、関係ないでしょう! ぼくがど、ど……その、なんだって、いいじゃないですか!」
「関係大有りだから言ってんだよ! 莫迦か、お前。童貞のまんまでのこのこ悪魔祓いの現場になんか行ってみろ、それこそ淫魔のおねーさんに『さあ、ボクちゃんを食ってちょーだいな♪』って言ってるようなもんじゃねーか!」
 それは……たしかに、そうだ。
 この世で最初の女悪魔・リリスを例に持ち出すまでもなく、女性体――あるいはそう見えるもの、というべきか。元来、悪魔には物質界の生物のような明確な雌雄の別は存在しない――の悪魔はすべからく人間の男の精を好物とする。それも、操正しい修道士を堕落させ、骨の髄までしゃぶりつくすのが彼女らの最大の快楽なのだ。
 雪男が祓魔師の資格を得たのは、一月ほど前。十三歳、中学二年生での取得は、正十字騎士團始まって以来の快挙だという。
 これまでの任務は、養父である聖騎士・藤本獅郎神父の補佐が主であり、別の祓魔師とチームを組んでの出動はまだ経験していない。しかし、いつまでも父の庇護のもとにあるわけにもいかない。やがては父のもとを離れ、一人前の祓魔師として、同等の祓魔師たちとチームを組み、任務にあたらなければならないのだ。
 その時に雪男の個人的な事情がチームの弱点になるような事態は、やはり避けなければならない。
「そろそろ雪男にも経験積ませなきゃなあ……。今のまんまじゃ、危なすぎる」
「でも、まさかプロのおねーさんの店に連れてくってわけにはいかないでしょ。雪男くん、まだ中学生なんだし――」
 礼拝堂の片隅で、養父と修道院に住み込んでいる祓魔師がぼそぼそ声をひそめて相談していたのも、知っている。
「やっぱり、誰か女性の祓魔師に頼むしかないか――」
「そうですねえ。最初は年上の、経験豊富な相手に任せたほうが……」
 ――まさか養父さん! シュラさんに頼んだんじゃないだろうな!?
 いやだ。それだけは、絶対にいやだ!
「ぼくにだって、理想はあるんです! 好きな女の子だって、いないわけじゃないんだから!」
「お前、まさか『ボクのハジメテは、ねーさんにささげるんだー♪』なんて思ってんじゃねーだろーな!?」
 シュラは雪男の眼前に指を突きつけた。
 雪男は思わず絶句した。
「ど、どうして、それを……い、いやっ! ち、違う! 違います! ぼく、そんなこと、こ、これっぽっちも考えてません! な、な、なにを言うんですか、シュラさん! だ、だいたい、ぼくと姉さんは、双子の姉弟で、そ、そんな、それは神の教えに反する考えで、それによってソドムとゴモラの街が天の火で――」
「あー、やっかましい! お前の顔見りゃ、一目瞭然だっての!」
 シュラは心底面倒くさそうに、ばりばりと髪を掻きあげた。
「お前らがどういう運命に生まれてきたかってのは、あたしだって知ってるよ。お前らふたりに世の中の理屈や常識が通用しねえってことぐらい、あたしも獅郎も百も承知だ! 今さらそんなことで説教しようってんじゃねえよ!!」
 雪男は息をのんだ。
 十四年前、下一級祓魔師ユリ・エギンがその生命と引き換えに産み落とした二卵性双生児。
 その父は、虚無界の神。青き焔の悪魔。
 父神の力はなぜか自分には受け継がれず、ほんの数時間先に生まれた双子の姉にのみ引き継がれた。
 生まれ落ちた瞬間に、雪男は姉の焔によって魔障を受け、悪魔の姿が見えるようになった。そして闘う運命を義務付けられたのだ。
 ――姉さんのために。
 姉さんを、守るために。
「いいさ。お前の生きる理由のすべてが燐だって言うなら、それでかまわない。獅郎が一度でもそれを咎めたことがあったか? あたしだって同じさ」
「……だ――だったら……」
 ほうっておいてください。ぼくたちのことは。
 そう言おうと思った。そして、雪男はシュラに背を向けた。
 が、
「だけどなあ。それとこれとは話が別なんだよ!」
「なにが別なんですか!」
「お前なあ。処女と童貞がいきなりお手合わせして、上手くいくわきゃねーだろうが!」
 ごすん。
 木刀の切っ先で、後頭部をどつかれる。
「なにすんですか!」
「それともなにか!? お前の妄想ん中じゃ、燐はすでに“穴あき”か!?」
「あっ、あ、穴あきって……!」
「燐はほかの誰かが開発済みで、お前の理想の初体験は『ボク、経験豊富なねーさんに美味しくいただかれちゃったよー』か!? おう、そんならいいぞ、あたしが燐に話つけてきてやる。お前、さっさとどっかの男とヤッてこいってな。いつも男みてーな恰好ばっかりしてるから見過ごされてるが、燐はあれでけっこう美少女だからなー。いっぺんお相手願いたいって男は掃いて捨てるほどいるぞ!」
「そっ……そんな、そんなこと――!」
 そんなこと、許せるはずがない。燐が他の男の腕に抱かれているところなんて、想像しただけで頭のどこかで血管がぶち切れそうだ。
「ま、燐のバカ力に耐えられる男がそうそういるわけねえけどな。そっとハグハグしただけでも、全身複雑骨折、内臓破裂だ」
「なっ、なにを言うんですか! 姉さんがそんなはしたない真似するわけないでしょう! ねっ、姉さんが、ぼく以外の男に抱きつくなんて――!!」
「だったらやっぱり、お前が先に経験積んどくしかねーだろーが!」
 シュラはふたたび、びしっと雪男に指を突きつけた。
「いざって時にしくじったら、お前は男のプライドが傷つく程度だからまだいいが、燐は実際、体に傷を負うかもしれねーんだぞ!」
「え……?」
 雪男は思わず首をかしげた。燐が怪我をする? 自分が燐に傷を負わせるというのか?
「女のハジメテは、どうやったって痛てえんだ。それを、どうにか我慢して相手の男を受け入れるんだよ。そん時に、相手の男がど下手くそだったらどうする。地獄だぞ!」
「地獄って……」
 男と女がどうやって結ばれるのか、そのくらいは承知している。だがそれが、具体的にどういう結果をもたらすのかまでは考えたこともなかった。
「お前、こーして口に指突っ込んで、左右に思いっきり引っ張ってみろ」
 そう言ってシュラは、小さな子供がいーっと悪態ついてみせる時のように、自分の口を左右に引っ張ってみせた。
「……こう、れふか?」
「もっと。もっと思いっきり。――もっと強く!」
「い、い……いーっ――!」
 シュラに命じられるまま、雪男は訳もわからず、口の端が切れそうなくらい強く引っ張った。
 痛い。
「どうだ、痛いか!?」
「あ、うぁい。いらひれふ……っ」
「よーく覚えとけ。それがロストバージンの痛みだ!」
「……い!?」
「ふつうにやっても、そのくらい痛いんだ。まして相手の男も未経験で、ただ闇雲に突っ込んできたら、どうなる。体が傷つかねえわけねえだろ!」
「こんなに、痛いのか……」
 口から指を抜き、雪男はなかば茫然とつぶやいた。
 世の女性すべてに同情すると同時に、あらぬ妄想が雪男の脳裏をかけめぐる。これほどの痛みに耐え、それでもけなげに自分にすべてを捧げてくれる燐。涙をこらえ、自分を受け入れるために体を開いて――。
「ね……姉さん――」
 自然と口元がにやけてくる雪男の横で、シュラははああ……と、深く深くため息をついた。
「しょうがねえ。今回だけはあたしが面倒見てやる」
「結構です! あんたに面倒見てもらうくらいなら、年齢ごまかして、プロのおねーさんにお願いします!」
「ほんで補導されて、留置場まで獅郎にもらいうけに来てもらうか!? 祓魔師資格だって一発で剥奪だぞ!」
「ぐ……!」
 雪男は言葉に詰まった。何を言っても、シュラに論破されてしまう。言い訳も言い逃れも、もう思いつかない。
「あのなあ。あたしだってお前みたいなひょろひょろの貧弱坊や、好みじゃねーんだよ! だけどほかに誰もいねーから、しょうがなく相手してやるんだ、感謝しろ! それともなにか。裸にひん剥かれて、ムキムキマッチョなおにーさんの前に放り出されるほうがいいか!? お前がロストバージンしたって、とりあえず“経験済み”にはなるんだからな!」
「やっ、やだ! それは嫌だ!」
「だったらつべこべ言わず、来い!」
「やだあっ! 姉さん、姉さん、助けてーッ!!」





「お! やっと帰ってきたな、雪男! ずいぶん遅かったじゃんか!」
 南十字男子修道院、ダイニングキッチンのドアが開き、燐がおたま片手に顔を出した。いつもどおり、屈託のない明るい笑顔だ。
 外はすでに日も暮れて、星がまたたく空に冷たい風が吹き抜ける。けれどこの修道院には、いつもと変わらない優しい空気があふれていた。ドアの向こうからは、あったかい良い匂いが漂ってくる。今夜のメニューはおでんのようだ。
「あ……姉さん。うん、ただいま――」
「部活やボランティアもいいけど、あんま無理すんなよ。お前、昔からこういう季節の変わり目にはよく風邪ひいて――って、どうした、雪男!?」
 青ざめ、強ばった表情で、玄関先で立ちつくしたままの雪男に、燐は慌てて駆け寄ってきた。
「具合悪いのか、雪男! どっか痛いのか!?」
「ううん……。なんでもないよ、姉さん」
「それがなんでもねーって顔かよ! まさかお前、学校でいじめられてんのか!?」
 燐は両手で弟の腕をつかみ、その顔を覗き込んだ。
 中学にあがったばかりのころはほとんど変わらなかったふたりの背丈は、現在はすでにかなり差が開いてしまっている。燐はこころもち顎をあげなければ、雪男の表情をまっすぐ見ることができない。
 燐はもちろん、雪男が祓魔師として悪魔と闘っていることなど知らない。この頃帰りが遅いのは、学校の部活や修道院のボランティア活動だと信じている。
 雪男は逃げるように目を伏せた。
 自分を心配してくれる姉の視線が、そのいたいけな瞳が、つらい。
「違うよ。そんなんじゃない……」
「隠すな、雪男! ねーちゃんにだけは全部ほんとのこと話すって、約束したろ!?」
「ほんとに、ほんとに何でもないんだ。心配しないで」
 ――ああ、姉さん。ごめんなさい。
 雪男は懸命に涙を怺えた。
 燐の中では、雪男はいまだに泣き虫でいじめられっ子、べそをかきながら燐のあとを懸命に追いかけていた、燐が守ってやらなければいけない大事な弟なのだ。
 ――ごめんなさい。ごめんなさい、姉さん。あなたに守ってもらう資格は、今のぼくにはもうありません。
 今日、ぼくはけがれたオトナの階段を登ってしまいました……。









そろそろ本気でサイト立ち上げて、コピー誌でいいから同人活動やりたいです。





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