一河手主水、坂部三十郎ニ問テ曰、大勢崩レ懸ル時、心ナラスタテ足
ニナル時、如何ヤウニ致タルガ能ク候ヤ、ト申ケレハ、坂部曰、大勢
ノ崩ル中ヲ乗ル故ニ心ナラズツキタテラレ候間、第一、脇ヲ乗タルカ
能ク候。必ス崩レタル時ハ迹(アト)ニ鎗之有可シト存可シ。我レ等見
及候ニ、クツレタル後ニ鎗ノナキ事ハ之レ無候。タトヘバ其ノアタリニ
木ニテモ石ニテモ土居ニテモ之レ有ラバ、取付テ𨂻(フミ)トメ、先ツ
子ヂムキ迹ノ方ヘ向タルカ能候。
一又問曰、カマリ待チ伏(フセ)之有ヲ見様之有由。常ニ仰敵候見様ハ
如何致シ候ヤ。答テ曰、敵ト味方トノ間ニ、山川其外何ニテモ高キ所
之有ハ、其陰ケニ敵有リト思フベシ。
一又問テ曰、首ヲ取ル事ハ人ノ命ヲ断(タツ)コトニテ為(ナシ)難ク候
ニ、首ハ取ル人多ク、鎗ハ致ス人少ク候ハ如何。答テ曰、鎗ハ心
懸次第ニナルモノト常々存タルカ能候。其ノ上ヘ人ヨリ先キニサヘ
進ミ候ヘハ成ルモノト見ヘタリ。高名ハ能キ内ノ者ツキ申不候ヘハ、
敵ノ首取リニタ[ク・か]キモノゝ由、古ヘ横須賀殿モ仰被候間、家従
ニ情ケヲ懸ｹ置レ候ハゞ、高名モ成リ申可ト申被候時、主水重テ問
テ曰、家従取リタル首ヲ我カ高名ニ仕リ候ヤ。答テ曰、左様ニテハ
之無候。敵ヲ突キタヲシ二鎗計モ鎗付ケ、内ノ者ニ首取リ候ヘト申
付、残ル敵ヲ目ニ懸ケ鎗ヲシラベテ居候ヘハ取スマシ申候。其ノ
侭(ママ)主人鎗ヲ捨テ首取リニ寄リ候ヘハ、敵必寄セ合テ討ルゝ事
多ク候間、突タヲシ候テモ二鎗モ三鎗モ突タルガ能ク候ナリ。但シ
スハタ者ナドヲ強ク突タヲシ、其鎗後ヘ貫キ候ヘバ必手モトヘタグリ
入申候。其ハ鎗ノ柄ヲ投(ナゲ)タルカ能ク候。其侭倒レ申候。去リ
乍ラ所ニヨリ申可候間、我等申候トテ敵ノ中ナトニテ鎗ヲ捨ラレマ
シク候。所ニヨリテノ事ニ候。我レ等モ鎖ヲ着タル者ヲ右ノ通リ突キ
貫キ候ヘバ、手モトヘタグリテ入込ミ候。鎗ヲ捨ル事ヲ存不ル故、
甲トノ上ヘヲ一刀切被タルト申被候。
一又問テ曰、小屋ニテ長道具ハ門ニ立タルガ能ク候ヤ。小屋ニモ
タセテ置タルガ能ク候ヤ。答テ曰、夜ハコヨリニテ頭ノツカヘザル
程ニ鉤(ツリ)テ置タルガ能キト申被候。
一又問テ曰、籠手(コテ)ハ毘沙門籠手、小田籠手ノ内何レ宜ク候ヤ。
答テ曰、小田籠手能候。渥美(アツミ)源五郎常々物語申候ハ、鎖
籠手能候ヘトモ、肩ニフクヘヲ入ルハ悪シト申候。故ニ其ノ子細ヲ
尋候ヘバ、大田原与三右衞門、鎖リノ上ヘノフクベヲ駆(カケ)通リサ
マニ横打ニ打レ候ヘバ、高腕(ウデ)瓢(フクベ)ノ上ヘノハヅレ、同ク
下ハヅレヨリ打折レカイナ三ツニ折レテ、男ヲ止メケリ。其ノ後源五
郎、囚人(メシウド)ニ毘沙門籠手ト鎖ト二人ニ差セバイ木ニテ打テ
見候ヘバ、毘沙門ノ方ハ何トモナク痛申不、瓢(フクベ)ハ右ノ如ク
カイナヲ打折レ申候。但シ瓢ヘナシノ鎖ハ、手シナイテ自由ニ候。
故ニ我等モフクヘヲ取テ鎖ヲ用ト云リ。
(以下続く)