「BEAUTIFUL ORIGINAL COLLECTION」のサンプル版が届いた。
この五年間レファレンスにしてきた、ONKYOのミニコンポで聞いてる。
そしたらちょっとセンチメンタルな気分に教われた。

5年やって、やっと出せたオリジナルだけ入ったアルバム。
デビュー前からオリジナルだけでできたアルバムが出したくて、
でも二十代前半は、そんなことあり得ないに近いことをいろんなプロデューサーに言われ続けた。
例えば、ある有名プロデューサーにスカウトされた時は、
最初の三年はオリジナルは出さないで、カバーだけやった方がいいと言われた。
それは3年間息を止めてろって言われてるようなもの(笑)
その話は、断った。
そんないい話を何度もお断りして気づいたら2010年29歳。。。あれっ、
こんなはずじゃなかったんだけど(笑)

オーディエンスに合わせないとと感じさせる発言が仕事環境で多かった。
でもオーディエンスが聞いたことのない音楽をどう受け止めるかなんて
聞かせてみないと分からないじゃない。曲がいいもので、メッセージが本当かどうかが、大事じゃないのか。有名なスタンダード曲が自分の良さを最大限に生かせる曲かどうかということとは全く別。だって、歌えたって合ってないものは合ってない。
もちろん自分の曲にないテーストで、表現出来るカバーも沢山ある。
今までリリースしてきた曲達は合ってると判断したものだった。

「この曲やっていいですか」日本のLIVEでいろんなアーティストが、よく言ってるのを聞く。これをスペインでLIVEをやったときに、同じような表現を英語でステージから客席に投げかけたら、客席から「私たちは、あなたがしたい表現を聞きたいのよ」と最前列のお客さんが、言った。デビューして2年目のことだった。

"PEOPLE PLEASER"という表現があるんだけど、人に媚びる というような意味がある。日本ではそれがあふれている。日常的で、当たり前のこと。私は、それになりかけていたのか?自分は、そのことで、出し切れていない表現があるのかな?我慢してることが沢山あることに気づいた。

ありのままの自分ではなく、分かりやすく噛み砕いた自分。
人が受け入れやすい自分。それは誰だ?

ラジオや店内BGMでサブリミナルメッセージのように叩き込まれた音楽は、
覚える。それを改めて聞いたとき、人はいいと思う。知ってるだけで、価値をおく。
どっかで聞いたことあるよね?ってね。
それに対抗するには、新しい曲は、その倍の回数聞いてもらわないと浸透しないのか?
そしたらかかるチャンスのない曲達に可能性はないのか。
オリジナル曲を歌詞の分からない英語で歌ってる。
でも音楽そのものが言語なのに、言葉がのった瞬間に差別対象。あたりまえか。。。
そんなことを何度考えただろうか。
悔しかったこともいっぱいあった。
だから必死で考えた。皆が喜んでくれる最高の比率。古いスタンダードも、新しい作品も、どっちも愛してもらえるアルバムのバランス。

最終的に分かったことは、歌は、曲は、
届くべきところに届くものなんだ。
響くべき心には響く。それは、チャンスと確率の問題もあるけど。
地道にやってきたことへの後悔はない。
人に媚びない人間で良かった。

「 BEAUTIFUL ORIGINAL COLLECTION」は、「SHANTI'S LULLABY」と「KISS THE SUN」をプロデュースしてくれた服部幸弘さんが、集めてくれた曲集。
私が自分でまとめていたら違った選曲になっていただろう。
このことによって私は、自分の作品を本当の意味で客観的に聞くことが初めてできた。
自分が生んだ子供達が、社会に立っているのを遠くから眺めることが初めてできた。

悪くない。 NOT BAD. そう思った。

世界にある音楽の中で、これを5本の指に入れるアルバムか。。。。そこまでいってない(笑)
歌詞は、どれも単純だな(笑)
自分に正直なアルバム? YES.
媚びていない? 媚びてない。
ジャケットは今までで一番好き。

DVDは、恥ずかしすぎる。。。シンガーにとって今より昔のアビリティーの自分を目の前に突きつけられるのは、もう何に例えたらいいだろう。。。。
とにかくいたたまれない。。。
でもそれで感じるのは、そのときも、聞いててくれた人がいた。
そんなときでも、私の歌を好きだっていってくれた人がいた。
そんな人たちが、LIVEに来てくれて、今の自分がある。信じててくれた皆。

だから「BEAUTIFUL ORIGINAL COLLECTION」自分にとっては、ただのコンピレーションじゃない。ベスト盤でもない。これは、すのそのままの背伸びしてない、自分そのもの。5年分の一生懸命生きた証。愛した証なんです。

良かったら手に取ってね。