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【それで・・・次はどう指せば良いの?受けないと詰まされちゃうんですけど?】

【ふん・・・だからぁ受けても負けだって自分でも解ってんだろ?じゃあ、攻めるしかねぇじゃないか。】

【そう言っても・・・攻め手が見つからないのよ。だから困っているんでしょ。】

【ハァ~、もう良いから取り込んで来た歩を飛で取れ。】

【えっ?それじゃ・・・間に合わないわ・・・・次に桂を打たれたら本当に受けなしになるわ。】

【良いから、やれ。それで桂を打って来たら勝ちだから。】

【なんで?どうして勝ちなの?・・・分かんない・・・】

【面倒くさい奴だな。良いから、やれよ。凡人に天才が教えてやるよ。本当のプロの凄さを。】

憮然としながら泰葉は仕方なく取り込んで来た歩を飛車で取る。

誰がどう見ても詰めて下さい・・・と言う手だ。

所謂、形作り(負けを悟った棋士が一手負けになるように形ばかり繕う事)にしか見えなかった。

対局相手の山田三段もそう思ったのだろう。

時間を使わず泰葉の守備の急所に桂を打ってきた。

これで泰葉はもはや風前の灯火だった。

【・・・それで・・・次はどうするの?・・・・】

【おやまあ・・・まだ見えないのか?・・・こりゃあ、このまま負けて将棋辞めた方が良いかも知れんな】

【ちょっと待ってよ!話が違うじゃない!勝たせてくれるって言ったじゃないの。】

【ああ、確かに言った。しかしな、真面目に考えもしないヤツを助ける価値があるのか?】

【ま、真面目に考えているわよ。冗談じゃないわ。本当に人生賭けているんだから。】

【ふん・・・まあ良い。じゃあ、ほらその横の歩を飛で取れ。】

【えっ?・・・そんな・・・歩なんか取っても・・・・。】

【良いから。取れ。それで勝ちだから。】

【嘘でしょ?どうして勝ちなのよ・・・そのまま攻められたら次で私は必至がかかるわ。受けられなくなるのに・・・】

【良いから。やれってば。やれば解るはずだ。凡人は指して見なくちゃ解んないだろな。】

泰葉はほぼ諦めの境地で言われた通りに指した。



控室では泰葉が指した飛車の横歩取りを見て全員がため息をついた。

「ああ・・・諦めちゃったかぁ・・・」

何処からともなくそう云う声が聞こえてくる。

そしてそれに対して山田三段が指した手が泰葉に必至をかける一手となった。

「・・・終わりだな。ここで投げるんじゃないかな?(投げる=投了・負けを認める事)」

しかし・・・泰葉が指した次の一手が控室を震撼させた。


【どうだ?見えるか勝ち筋が。】

そう言われて泰葉は今一度盤面を見つめる。

そして自分でも驚きだったが思いもしない手筋が閃いた。

【あ・・・もしかして・・・頭の桂を取って飛車を切る・・・王手がかかるわ。それで・・・ええっと・・・あれ?えっ?えっ?】

【ほう!気がついたのか?凡人のくせに生意気な。アハハハ・・・・。】

【もう、凡人、凡人って煩いわね。そんな事は解っているわ。でも・・・まさか・・・これ詰むの?】

【ふん!だからず~っと言っているだろ。勝ちだって。やれよ。引導を渡してやれ。】

思いも寄らない勝ち筋に微かに手が震える泰葉が飛車を切る。(切る=相手に取らせる手)

その手が王手となった。

誰もが飛車を切っては勝ち目が全く無くなると、考えもしなかった一手だった。

当然対局相手の山田三段も意表を突かれた。

真剣に盤面を見つめる。



控室で泰葉が指した飛車切りに驚きの声が上がると共に、全員で読み合いが始まった。

「おい!!!これ・・・詰んでるぞ!!!」

観戦していたA級棋士で「犬王」のタイトルホルダー玉梓犬伏が声を上げた。

「おいおい・・・まさか、あの窮地の段階からこの勝ち筋が見えていたのかよ?嘘だろ?」

控室に一瞬で歓声とも驚嘆とも分からない声が広がる。



対局室では山田三段が必死に読みを続けていた。

しかし・・・30分熟考したのち嘆息を漏らした。

「・・・・負けました・・・・。」

泰葉は静かに答えた。

「ありがとうございました。」

【か・・・勝っちゃった・・・私、勝っちゃった・・・】

【何言ってんだか。全部俺が教えたんじゃねぇかよ。自分で勝った気になってんじゃねぇよ。】

【う・・・煩いわね・・・解っているわよ!!】

【ああもう、はぶてんなってば!】

【はぶてとらんもん!】



続く