12月23日午前10時。

彼女の誕生日2日前。

あの日から俺の中でぐるぐる回っているのは、彼女が彼女の誕生日へと続くイブに誰と過ごすのかという疑問と彼女を俺ではありえない、他の誰かに攫われてしまうという焦り、不安。

以前の俺ならば、あの場で嫉妬の鬼と化し、彼女に怯えられながらもその詳細を聞き出すことができただろうと思うし、確実にそうしていたと思う。

でも、今の俺には無理だった。

臆病者に成り下がった俺には。その後の彼女の行動が・・・・・・怯えられるだけでなく、嫌われ、側に寄ることさえ許してくれなくなる彼女の姿を容易に想像できてしまう俺には。


いつもならあれこれ言ってくるし、こんなときにはすかさずフォローをいれてくれる社さんが、ここ数日何も言ってこないことにも不安が積もる。


あの日、最上さんの誕生日イブの予定を押さえに行ったことを知っているハズの彼が何も言ってこない、言ってくれないのは・・・・・・やはり。


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マズイ。ヒジョーにっ!マズイ!

「敦賀蓮」が壊れかけているような気がする。

あの日から仕事はなんとかこなしてるけど、いつもの鉄壁の笑顔にも迫力がない。休憩時間には表情が抜け落ち、ピクリとも動かなくなるし、食事もしやがらない。

このままじゃ、倒れるぞ、こいつ。

嗚呼!あの日、ホントはフォローをいれるつもりだったのに!

あの日。真っ白な姿で帰ってきた蓮に驚き、その会話能力をなくした男を置いて、キョーコちゃんの下に向かったというのに、事情を聞ける相手はもう事務所内にはいなかった。

そして、携帯への電話も繋がらない。

事務所支給の電話はタレント部主任の椹を含む、「仕事の為に」登録した番号だけにしか繋がらない、ある意味会社直通のものになってしまった。

芸能人としてすっかり忙しくなった彼女だけど、未だにマネージャーはついていない。そんな彼女が近頃困っていたらしいのが、急増しまくっていたという携帯への迷惑電話。

どこからか番号を調べだしてかけてくる芸能界の先輩その他、不埒な輩だというのに彼女の立場的に厳しい態度に出れない相手からの電話で、最近はその対処にかなり困っていたらしい。

蓮にも俺にもそんなことは一言も相談してくれないってところが、彼女らしいといえば彼女らしいんだけど、お兄ちゃんとしては、ちょっと切なかった。

俺たち・・・不埒な輩と一緒くたに拒否られた?

蓮がまだ気づいてないってことは、あいつ何週間も電話してないってことだよなぁ。

電話をかけて不通になってたら・・・あいつ、どうなるんだろう。

嗚呼、マジでヤバイよな、マズすぎるよな。


内心ショックを受けながら椹から受け取ったキョーコちゃんからの伝言と、彼自身からの苦言も、このヒジョーにマズイ状況を悪化させるものでしかなかった。


「携帯で連絡できなくなり申し訳ありませんが、ラブミー部へのご依頼は椹さんを通していただければ今まで通り問題なく受諾可能ですので、その様にお願いいたします。」

という、プライベートの接触はお断りですが、仕事はキッチリします!と言った感じのキョーコちゃんからの伝言と、


「最上君も蓮並みとまではいかなくても、かなり忙しくなってきたからな。顔も売れてきてるし、蓮の食事の世話に自宅訪問なんていう仕事を頼まれちゃ困るよ。仕事のあとやオフには彼女も休息が必要だし、夜間に外を歩かせて、何かあったらどうするんだ!」

という苦言というか、大クレーム。


人気も出て顔が売れているというのに、未だにその自覚がないキョーコちゃんの現在の主な移動手段はタクシー。それも時間が押しているせいで、仕方なく乗ってるらしくて、朝最初の移動や、仕事外の移動手段は相変わらず、徒歩か自転車、電車。よくも今まで無事で!といった感じだが、流石演技派女優というべきか、彼女の変装技術はもの凄いレベルに達していた。

京子だとまったく気づかれずに堂々と町歩きができる程に。ただ、本人が自覚していなくても、魅力あるうら若き女性であることにはかわりなく、夜間の一人歩きを容認できないというのは俺も同様だ。


でもなぁ。


その後、数日間、俺は蓮に何も言えず、只々、偶然にでもキョーコちゃんに会えることを・・・蓮とではなく俺と先に会ってもらって、なんとかこの事態を打開する機会をもらえることを祈るばかりだった。

そしてその間、時はあっと言う間に流れ、リミットである本日23日を迎えてしまった。


キョーコちゃんは明日から2日間のオフ。数ヶ月振りのその休みを邪魔するなよと椹には釘を刺されたが、彼は蓮がキョーコちゃんのことを好きなことは知っていても、俺たち同様にキョーコちゃんの気持ちは知らない。諦める前に、ちゃんと聞いてみないと。

多分肝心なことは何一つ聞けてないであろう、担当俳優のかわりに。

最近俺の中で駄目っこ度が増しているあいつに任してたら、「敦賀蓮」崩壊は確実だから。

そして俺は、蓮がテレビ局で撮影してる合間に、近くのスタジオに向かった。

これからその撮影スタジオへ追加衣装を届けにいくという、スタッフたちの会話を漏れ聞けた幸運を逃さない為に。


続く



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