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女優の城


「ここを残しておいて、ヨカッタ……」

1年前まで己の城であった、レディースマンションの一室。

今では3か月に一度程度しか訪れることのないその部屋に帰ってきたキョーコは、籠りきった空気を入れ替えるために窓を開けてまわりながら、帰ってくる場所があったことに安堵していた。

この部屋を解約しないでおいた過去の自分を褒めてあげたいくらいだ。

今朝まで自分の家だったあの場所に戻るつもりはもうない。

あの家には何でも揃っていたし、一緒に暮らし始める前に自分用の豪華過ぎる家具や贅沢な生活用品が買い揃えられていた。

服や小物、インナーでさえ、持ち込む必要が無い程に。

生活レベルの差から、持ち込むことを躊躇し、かといって捨てることもできずにいた家具等の私物保管庫として、勿体ないとは思いながらも、この部屋の契約を続行させた。

いつもの自分なら、不要品と割り切って処分していただろうに、あのときのキョーコには何故かそれが出来なかったのだ。

元々このマンションには2か月程度しか暮らしておらず、丁度その頃海外ロケに出かけていた彼は、その前に住んでいた住処のことしか知らない。

ここは彼には完全に内緒の秘密倉庫だったのだ

知られたら問答無用で解約させられ、荷物も運びだされていたと思う。

あの人はそういう人だから。

今となっては、あの家に持ち込めなかったこの荷物と自分は同じなんだと感じられる。

相容れることのない、モノ。

溶込めない、モノ。

一緒に暮らしだして、幸せを感じて。

彼から沢山の愛情をもらって。

……

今では不満だけをもらう存在になってしまった。

自分に向けられる凶暴な怒り。

殴られるわけではないが、それは確かに身体に打つけられていた。

最後の触れ合いは、テレビ局の控え室だった。

1週間振りとなったそれは、突然訪れた。

誰が来るかもわからないその部屋に引っぱりこまれ、詰られながら受けた噛み付くような口付け。

怒りしか伝わらないそれと、押し付けられる下肢の熱。

危険な予感しかしないまま進みそうになる行為に必死に抗った。

専用楽屋でもない場所で、そもそも関係の公表すらしていない自分達がそんなことをするなんて考えられないことなのだ。

もう遠慮などしていられないと判断したキョーコは、彼の臑を思い切り蹴ることで、束縛から逃れた。

「い、いい加減にしてください!!」

「っ!!……それはこっちの台詞だ……」

睨み合うこと数分で、彼の方が先に目を逸らした。

「……仕事があるので、失礼します」

背後で悪態をつく声が聞こえたけれど、キョーコはその場を去った。

数分後、イヤリングを落としたことに気付き、もうそこにはいないだろうと探しに戻ったことは、悪かったのか、ヨカッタのか。

「敦賀さぁん、◯まっているなら私とイイコトしましょ?」

壁に寄りかかったままの彼の身体に自分の身体を押し付ける様にして凭れ掛かり、反応したままであったであろう下肢に触れるグラビアアイドル。

いつもなら、押し付けられた身体など即座に躱す彼がその身体を受け止めていた。

下肢になど、触れることを許す筈もない彼が、それを許していた。

半分開いたドアの外からそれを見てしまったキョーコは思った。

もう終わったのだと。

案の定、彼はその夜、あの家に戻らなかった。

予想通りの展開に苦笑しながら、キョーコは自分専用の食器や歯ブラシ、残しておいても仕方が無いと思われる衣服をゴミ袋に詰めた。

調理器具の中の私物も、大将から貰った包丁以外は捨てた。

ここでの生活は忘れたかったから。

勿体ないとは、1ミリも感じない自分に笑えた。

翌日から数日間、彼が地方ロケに出かけることは知っていたから、その間に自分の痕跡を丁寧に消していった。

忙しい彼は、もしものときの為にと、車の中に1週間分程度の衣服を積んでいる。

顔も見たくないであろう自分が居る家に戻らなくても、そのまま出かけられるのだ。

そして実際に、戻ることなくそのまま出かけた。

主不在の家の中を、焦ることなく片づけ、ゴミを捨て、掃除を済ましたキョーコは、自分の本当の家に戻った。

そして、思う。

自分の家はここだったのだと。

クスクスと、笑いが込み上げてくる。

もう笑うしかない。

愚かな恋に溺れて、そして捨てられた自分。

破滅への序曲を聞いた地点で引き返せばヨカッタのに、それが出来なかった自分。

「でも、いい経験ができたわ」

そう。恋愛を拒否したままの過去の自分が持っていなかったものを得た。

素敵に甘い、危険な幻想にちゃんと浸れた。

……恋愛の演技も評価されるようになった。

幻想の果てにある、破滅というものも体験できた。

……愛憎劇や、悲恋モノも上手いと言われるようになった。

「有り難う。そして、さよなら」

女優として成長させてくれたあのヒトへの感謝を、ここに戻る途中で購入したワインを飲みながら呟く。

「新生活に乾杯……」

明日からは、もっと強い女になる。

凄い女優を目指すなら、全てを芸の肥やしにしなくてはならないのだ。

出会った諸先輩方から常日頃戴いている有り難いお言葉を今までで一番深く噛み締めることができたこの日。

キョーコは本当の意味で大人になった。

1か月後には、大先輩の真実の姿が見えるようになる程に。

……

大人だと思っていた彼は、ビックリする程子供だった。

ロケ帰還後からも、1週間程度の外泊をしたらしい彼。

止められない怒りをキョーコにぶつけないためにしたそうだが、そのあと、キョーコが家を出たことに気づいた彼の慌てふためき様は凄かった。

社長の秘蔵VTRでそれを確認したキョーコは、顎が外れそうになった。

彼のキョーコへの怒りの原因は複雑でいて単純。

当時、その怒りに触れ、何度も泣いた自分が可哀想になった。


「馬鹿なヒト」

ボロボロの彼の顔を見て思わず出てしまった一言に、泣きながら頷き、謝罪を繰り返す大先輩。

「馬鹿なところが可愛いのかもしれない」

ちょっと酷い感想を持ってしまった自分に驚き、すでに彼を受け入れている自分の懲りなさに笑いが込み上げる。

同居再開は断り、現在もキョーコは自分だけの城で暮らしている。

まだ結婚をする気もないし、夫婦のような同居生活より、恋人生活を堪能し直したいと思ったのだ。

ショボーンとした彼を見て、嬉しく思う自分は実は酷い女なのかもしれない。

破滅への序曲を聞き終わり、破滅の中に身を沈めている彼に腕を差し伸べながら、共に沈まる気も引っぱり上げる気も起こらない、自分。

「今回の悪女の役も極めることができそう」

そう呟いた言葉を聞くモノはいない。

今宵も一人、ワインを飲みながら、役作りに励むキョーコ。

大女優の仲間入りするまで、この後数年。

彼女の城での生活は続いたという。


fin

コメ欄に書き込んでいただいた質問への解答「他の女性にお触りされてる蓮様」に対する説明文を追加しておきます。(コメ欄を読まない方も多いと思いますので)

質問:このお話の蓮さん、浮気しちゃったんですかね?(by そらみみさん)
───────────────
アンサー:

キョコさんと喧嘩(?)したあとの蓮さん。

グラビアアイドルに危険なパーツをお触りされていますけど、キョコさんが目撃したのはこの女性からのアピール開始後2~3分だけです。

蓮さんは、嫉妬心をキョーコに怒りのカタチでぶつけ、キョコさんと(初の)かなり激しい喧嘩をした(と本人は思ってる)直後ですから、収まらない怒りや後悔、戸惑い、不安など、様々な気持ちが混ざり合って・・・・茫然自失とは少し違うかもですけど、キョコさん以外のことはどーでもいい感じになっちゃってます。

このあとアイドルさんが、蓮さんの服に手をかけたところで、怖いヒトが出て来ます。

「・・・お前誰だ?・・・俺に、触るなっ!・・・」←カイン兄さん

怖いヒトに身体を払いのけられたアイドルさんは即逃亡。

そして、長い外泊生活から帰宅後、キョコさんに出て行かれたことを知り・・・本文のボロボロ蓮さんとなります。((*´∀`))♪



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