拍手小話からの移動です。
前中後編でしたが、手直しで文字数がどうなるのかわからないので、ナンバリングに変更しました。


なんとなくな小話
風が吹くとき 1


「最上君のことは、正式デビューの際には俺がプロデュースして大々的に売り出そうと思ってたのによ……あの子には事務所の後押しなんて不要らしい。羽ばたく為の風も自分でおこしちまうとは、流石LME一の爆弾娘だ」

“京子” の売り出しの為に、自分の手腕を発揮できなかったことをさも残念そうに述べるLME芸能プロダクション社長、ローリィ宝田のその顔はちっとも残念そうに見えなかった。

自身の秘蔵っ子が見せた予想以上の大躍進、快挙と言えるその活躍が嬉しくて仕方が無い。複雑な気持ちを隠すことも出来ずにいる蓮を前にローリィが見せたのはそんな顔だった。

「なぁ、蓮よ。お前はどうするんだ?」

「どうと言われても……」

隠している素性のせいもあり、体格が日本人離れしている蓮は、日本での仕事をメインにこなしながらも、「アジア人の役」が必要とされた際に上手くハリウッドデビューしていく日本の他の役者の様なチャンスがなかなかこなかった。

ハリウッドの役は大物俳優であっても、オーディションを受ける。

作品にエントリーするのも俳優本人の仕事なのだ。

(一般的には、エントリーサポートサービスを利用することで出たい作品を見つけてエントリーし、オーディション合格後にはエージェントにギャラや撮影中の待遇などの交渉代理業務を委ねことが多い)

日本のプロダクションに所属している俳優と向こうの俳優では仕事の取り方も全然違う。

今回のキョーコの様に日本でキャスティングディレクターによりピックアップされた場合、日本で撮影したビデオ映像を送ることでビデオオーディションを受け、それに合格してから渡米して監督やプロデューサーに直接会うカタチのオーデションに挑むことが多い。

最も多い仕事は、いかにも日本人なサラリーマン家族や、アニメおたく、そして、ヤ◯ザの役である。

そして、ヤクザ以外は台詞が少ない役柄がほとんどである。

最近は「日本オタク」な監督の出現により、格好いい役もまわってくるようになったが、昔は道化師的な役柄が多かったと聞く。

あちらの映画やドラマにレギュラーで出演するようなアメリカ人の刑事、研究者、学生の役は中国系や韓国系のアメリカ国籍の人間が演じることが多いので、日本にいながらその役を得るのは難しい。

そして、「いかにもアジア人」的な容貌ではない蓮は、役の募集要項に合致しないことの方が多く、役を得ることは更に難しくなっていた。

蓮が向こうで活動する道を選ぶなら、先ずはどんな姿の自分で行くか選ばねばならない。

久遠としてなら、アメリカ人の役になるだろう。

敦賀蓮としてなら、どこにでもいる日本人に見えない以上、役の幅はかなり狭まる。

刑事役や医者役はイケメン揃いで視聴率アップを狙う。

そんなイケメンさんいらっしゃーーいな日本の芸能界の様な仕事などほとんどない世界なのだから。

「お前が日本に来て随分経つが、まだ風に向かって飛び出す準備は出来てねぇのか?」

「風が吹いてるようには思えませんけど……」

蓮の消極的な返答にローリィは溜め息をついてみせる。

「甘ったれたこと言ってやがるじゃねぇか」

「っ!」

情けない。

ローリィの目はそう言っていた。

「遠くで吹いてる風に飛び込みに行くのもいいし、自分が動くことで新しい風をおこすのもいいんじゃねぇか?」

「そんな簡単にはっ……」

蓮の中で、いや久遠の中で古傷が疼きだした。

大空に飛び出す為の羽を育てることができずに逃げ出すことしかできなかったあの国。

渡ってきた日本では、羽を意識せずとも生きていくことができた。

だから、この地で自分を包んでいた闇は羽の有無よりも、親友を死に追いやったという罪の意識であった。

彼の地で飛べずにいたことで育んできた暗闇は、この地で活躍できている事実とキョーコが与えてくれた自信により育てずに済んでおり、普段は意識することなどなくなっていたものであったのだ。

しかし、彼の国に帰ることを想像すれば、それは……


2に続く

お気に召しましたら、ポチッとお願いします。
出来ましたらコメントも是非!
拍手はこちら

こちらも参加中です!
スキビ☆ランキング