拍手御礼からの移動です。


「トラブルお断り」

「最上君、頼まれていた物が用意できたよ。とりあえずラブミー部員3名分、3冊渡しておくよ」

「有難うございます。これで安心でしてラブミー部のお仕事に励めます!」

スケジュール確認の為にタレント部に寄ったキョーコは、ついでに頼んでいた冊子を受け取った為、自分の分以外をラブミー部室に置きに行こうと社内の廊下を歩いていた。




「あ、キョーコちゃん!」

少し離れたところからかけられた声。

その声の主を確認したキョーコの顔に笑みが広がる。

「社さん、お疲れ様です」

「いいところで会えたよ!今から連絡しようと思ってたんだ」

目の前までやってきた社は、嬉しげにそう言った。

「そうなんですか」

「うん!今日なんだけど、蓮の食事頼めないかな?」

月に1回程度だが定期的に来る依頼である。

どうやら彼の担当俳優の食事事情がいつもの様に悪化したらしい。←

キョーコも慣れたもので、特に疑問をもたずに話を進める。

「今日ですか?仕事は多分21時までには終われると思いますので、それでもよろしければ」

「うん、遅い時間に悪いけど、お願い!蓮がね?今週は撮影の仕事で朝から毎日天丼を食べる羽目になっててさ。そのせいで、昼は勿論、夜も食事しないんだよ~!」

毎回依頼時に聞かされる某俳優の食事事情。

今回はかなり酷い様だ。

「朝から天丼は敦賀さんには苦行でしょうけど、毎日の食事がそれだけってのは困りますねぇ」

「ホントだよ!昼飯は大好物の天丼しか食べないっていう役の設定だけど、撮影は朝だしね。蓮じゃなくても昼飯は控えめになると思うんだ。でも、まさか1週間昼と夜を抜かれるとは思わなかったよ」

「それじゃあ、今日はお野菜中心の御飯にしますね!」

「うん助かる!あ、鍵渡しておくね!」

「はい!あっ!」

鍵を受け取り、鞄に入れたキョーコは、大事なことを忘れていたことに気がついた。

「え?何?」

「ちょっと待ってくださいね?」

鞄から細長い冊子を取り出し、社の前で何やら書き始めたキョーコ。

「よしっと!社さん、ここにサインお願いできますか?」

すぐに書き終え、それを社に差し出した。

「え?何?預り証?」

「はい!トラブル防止の為に、ラブミー部でも使うことになりました!」

「へぇ。そうなんだ。何かあったの?」

「私の担当じゃなかったんですけど、ラブミー部の仕事で書類を渡した渡さないってのがあったそうなんです。結果的には相手の思い違いだったらしいんですけど!うちの事務所じゃなく余所様でしたので、もしもっと揉めていたら大変だったと思います。で、ですね!今後はこういうのを用意しておいた方が安全ということになりまして!私達もラブミー部の仕事だけをしているのではないので、揉めて時間がかかるのは困りますし」

「そういう人たまにいるもんね」

「そうなんです!そこの会社の方もその方から物を預かったり渡したりするときには預り証と受領印が欠かせないらしいです。今回のトラブルは他の方が受け取るところを見ていてくださったので助かったそうなんですけど、そうじゃなかったら大変だったと思います!」

「それは災難だったね!よし、わかった、サインするよ」

「はい、お願いします!」

「よし!書けた!それじゃ、よろしくね!」

「はい、ご依頼承りました!鍵も確かにお預かりしました!鍵をお返ししたときの受領印は敦賀さんに頂きますので!」

「うん、わかった。蓮にも伝えておくね!」

「はい。よろしくお願いします」



こうして始まり、この後数カ月に渡ってキッチリと繰り返された、「鍵」の預かり時と返却時の決まり事。

その “決まり事” のせいで、担当俳優が暗雲を漂わせることになるとは、このときの社は想像もしていなかった。






「お預かりしたままなんて駄目です!お返しします!」

「どうして!?どうせすぐに使うんだから、持っていてくれたらいいじゃないか!」

「困ります!!ちゃんとお返しします!はい!!返しました!!」

「どうしてっ!!」

「はい、ここに受け取りのハンコください!」

「…」

「トラブル防止の為の規則です!お預かりしたものはお返しします!預り証と受領証はセットなんです!キチンとしてくださらないと困ります!もうっ!!」

「…はぁ~。じゃあ、これは君にあげる。これでいい?」

「よくないです!それは、社さんからお預かりしたものです!ちゃんとお返ししましたよね?ごちゃごちゃ言ってないで、ハンコください!」

「ごちゃごちゃって、酷いな」

「酷いのは敦賀さんです!もうこんなことになるなら、金輪際鍵はお預かりしないでおきます!」

「そんな!」


自身も預かり物トラブルに見舞われたらしいキョーコのトラブル防止にハンコは欠かせない理論はかなり強固であり、この後蓮が鍵を受け取らせることが出来るまでにはかなりの時間を要したという。

FIN


魔人への同情愛はこちらの拍手へのコメントで!(/ω\)
web拍手 by FC2