拍手からの移動のパラレルファンタジーです。

あの森を目指して 1

拍手御礼「あの森を目指して 2」

───嗚呼、駄目だわ…このままじゃ保たない。

薬のお陰で普通ならベッドから起き上がれない筈の身体で動くことが出来ている。

しかし、最後に薬を飲んでからすでに1日経つ。

自画自賛してもいいぐらいに良く効いていた自作の薬のその効能が完全に切れ、堪え難い程の痛みに襲われる様になるのも時間の問題だ。

故郷の街なら例え行き倒れても助けてもらえるかもしれないが、今キョーコが歩いている場所はそこから遠く離れた異国である。

賑やかなこの異国の都市にある市場でフラフラと顔面を蒼白にした旅人が倒れたら、路地に引き込まれ身分証や金目のものをすべて奪われたのち、大した病気ではなさそうと判断されれば売り飛ばされ、何の病気かわからない気持ちの悪い女と見られれば街の外れに捨てられる…そんな未来しか待っていない。

───仕方がない。なるべく節約したかったけど、薬を使おう。

キョーコには目指している場所がある。まだまだ遠いそこに辿り着くまで残り少なくなった手持ちの薬で足りるとは思ってはいなかったが、今すぐ追加で薬を作ろうにもまだ材料が揃っていないし、これから揃うという確約もない。

いつ用意できるかわからない以上、今ある薬を出来るだけ長持ちさせる他なく、ここ数日限界まで我慢してから薬を飲むという無茶を繰り返してきていた。

───これだけ大きな市場だもの。万が一希望通りの材料が揃わなくても、代替品位は手に入る筈よ。うん、飲んでも大丈夫よ、キョーコ!丁度お腹も空いてきたし、奮発して美味しいモノを食べて栄養補給もしましょ!

「あ、あそこで休憩しよう」

効果が高いだけに空腹で飲むにはキツイ薬である。この際だからと開き直り、女一人でも食事がてら少しばかしの休憩出来そうな店を探すことにしたキョーコは、視線を巡らした先に良さそうな店を見つけ、足早にそこに向かった。

「よし、空いてる!」

店内のテーブルはほぼ満席で、店先に幾つか並べられているテーブルもほとんど埋まりかけていたが、なんとか残っていたテーブルに滑り込むことが出来た。

昼時の一番混み合う時間は過ぎてはいたが、目の前の市場の混み具合を考えれば、このまま閉店までガラ空きになどなることもなく、営業を続けるであろうことは一目瞭然だ。

まだ少し昼を過ぎただけのこの時間に一発で入店出来たことはキョーコにとっては有り難いことだった。

広場と呼べそうな程幅が広い大通りの中央付近を、数百はありそうな露店が固まってできた太い帯が走っている。一般的に市場と呼ばれるその帯には数本の人がすれ違うことが出来る程度の細い通路が辛うじて通ってはいるものの、横の通路に移動するにも一苦労しそうな程ギチギチに店が連なっている。

しかし、中央を縦断しているその露店の帯の左右は人だけでなく沢山の馬車が行き来きできる幅の通りとなっており、その通りに面して構えている店は露店に比べればこぎれいで、高級なそうなモノが多かった。

露店ならテーブルについて食事している間も荷物をすべてしっかり抱え、背後から伸びて来る手にも注意していなければならないが、今キョーコが席についているような店なら、肩から荷物を降ろすことも出来るし、少なくともスリの心配はせずとも済む。

久し振りに少し多めに気を抜いてみれば、その合図のように、キョーコの腹がキュルルルと鳴り、注文を取りに来た給仕に笑われた。

「お嬢さん、お腹が空いてるなら当店自慢の香草エビン巻きがオススメだよ。お腹が膨れるし、身体にも良い。異国から来た旅人さんにもこんな旨いエビン料理は初めてだと大人気だ!あとはそうだな、マーメシチューとベニ茶、甘いものが欲しければ…いや、欲しくなくてもリンゴン焼きケーキがオススメだ。うちの店のリンゴン焼きケーキはこの街で一番旨いからね!街を出る前に食べとかないと後悔するよ?」

キョーコの故郷も含まれるこの中央大陸沿いの海で獲れるエビンは赤いプリプリとした身が美味しい手のひらサイズの甲殻類で、海沿いの街には必ずと言ってよい程このエビンの名物料理がある。

「そうなの?じゃあ、香草エビン巻きとマーメシチューとベニ茶をお願い…あっ、それとリンゴン焼きは…持ち帰りで…2ホール包んで頂戴」

実はエビンが好物なキョーコは、親切そうな給仕のススメに従い昼飯を注文し、他のテーブルの客が食べていた黄金色の焼き目がめちゃくちゃ美味しそうなリンゴン焼きを確認してから、それも追加した。

3週間程日持ちのするリンゴン焼きケーキは、食べ応えがあるので主食にもなるし、常にきちんとした食事をとることが難しい旅の最中にはあると嬉しい「美味しい」携帯食である。

これから市場で買物をする予定ではある。だがどうせ買うなら街一番のものが良いに決まっている。瞬時にその判断をしたキョーコは少し多めにリンゴン焼きを確保したのだった。



運ばれてきた香草エビン巻きとマーメシチューは予想以上に美味しくて、身体が辛くなってきて食事を楽しむ余裕などない筈なのに、あっさり完食した。

食事を終えた後、首にかけていた薬袋から自作の薬を取り出し、温かいベニ茶で流し込むようにして飲み込んだキョーコはしばらくの間テーブルの上に置いた空の茶碗を睨むようにして固まっていたが、茶碗が冷める頃には薬の効果で周囲の露店を見渡す余裕を取り戻していた。

テーブルに座ったまま、目の前に広がる大通りの露店をじっくりと観察する。手前の店の影に隠れている店は見えないがそれ以外は携帯双眼鏡を使えばかなりチェックすることが出来た。

───あ、あの店。薬草の品揃えが良さそう。あっちも良さげね。あ、あそこも。あの当たりの露店幾つか回ればある程度確保できるかもっ!もしも露店で買えなかったとしても、この規模の街なら値段は高くとも通り沿いの店で揃えられる筈よ!あ、あっちの通路は保存食の店が多いわねー。パンと乾し肉とチイズと乾燥ムスビ団子と香草と生リンゴンと生オレジ、ベニ茶とコオヒと乾燥ギュウギュウに乾燥タマゴン…あと念の為のお酒も少しは買わなきゃね。ううーーん、次の街まで通いし、場合によっちゃ街道を外れないと駄目かもだし、厚めのフード付マントとか野宿で必要なものも揃えないとね。

この都市に辿り着くまでは比較的安全な街道を通ることが出来たがキョーコの記憶が正しければこの先には常にではないが年に数回盗賊などが増えるらしい危険な場所もある筈だった。だからその備えも必要である。


装飾品などは今回の旅には必要がないものであるから、その手の店が連なるエリアには行く必要がない。生肉や生野菜を売るエリアにも用がないし、土産品を扱う店もどうでも良い。

飲食関係の店も食事を終えた今は用なしだ。

薬草とここからの旅に必要な装備を買い求めるに相応しい店をこれまでに培った知識と勘を駆使して選び出していく。



ベニ茶のおかわりを頼むついでに、親切な給仕に評判の良い宿と信頼できる古馬車屋を紹介してもらったキョーコはひとまず宿を確保しようとリンゴン焼きの包みを受け取って店を出た。


宿に荷物を置いて旅装を解いたキョーコは、これまでの仕事でも市場などを回るときに着ていた貴重品を仕舞うのに適した幾つかの隠しのあるお手製の服に着替え、仕事の際にはあまり身につけたことがない “護身”用には見えない大小の剣と暗い色合いのケープを纏った。最後に護身具を隠したお気に入りの“洒落た”ブーツを履けば準備完了だ。

薬のお陰で楽になった身体だが、それも永遠ではない。ここで必要なだけの薬が確保出来そうにないならば代替品を用意するにしても先を急いだほうが良い。

だが、この先のことを思えば、この安心できる街でもう一晩ぐらい泊まって身体を休めたいのが本音。

「よーーし、なんとしても薬の材料だけは手に入れるわよ!!」

今日中に必要なものを全て買い揃えて明日の午前中には出発という強行ルートを歩まず済む様、まずは一番必要なものを必要なだけ確保しようとキョーコは気合いを入れて買物に望んだのであった。

第3話につづく


感想コメントをいただくと魔人が小躍りします。٩̋(ˊ•͈ ꇴ •͈ˋ)و
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