拍手からの移動のパラレルファンタジーです。

あの森を目指して 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 11 / 12 / 13

拍手御礼「あの森を目指して 14」

態とらしいほど大きなひとり言にもピクリとも反応をしてくれない台車の上の“荷物”。それを眺めながら、キョーコは溜め息をついた。

───とりあえず、呼びかけてみるしかないか。

「ねぇ、貴方聞こえる?そろそろ目を覚ましてほしいんだけど?」

耳元で声をかけてみても、動き出す気配はまったくない。

眠り薬そのものは与えてはいないが、眠くなる成分は食事の中に混ぜ込む薬に含まれている。だからよく眠ることは問題ない。きっと気づかない間に少しは起きている時間があるのだろうとも思う。

───もし起きたとしても、ひょっとしたら、声を出せないとか身体が動かないとかかもしれないわよね。でもそれでも、目ぐらいは開けられると思うのよねぇ。

深くはないが沢山の切り傷。そして、幾つもの骨に入っていそうなヒビ。

長く不潔な環境の中で放置されていたそれらは、痛みと熱を彼に与えていただろうと思うし、もう少し放置されていれば死んでいたと思われる。←現実世界なら確実に死んでます

しかし、問題はそれらの怪我だけではなかった。髪と肌が変質するほどの毒が内部から彼を蝕んでいたのである。

薬師として生計を立てている者達にも負けないキョーコの知識と技術をもってしてもすぐに治すことは出来ない毒である。

キョーコが自分が行きたい場所を後回しにして選んだ “現在の目的地” はその治療の為の場所であったが、そこへの道は今少し遠のいてしまっている。

だが、表面的な怪我が完治すれば、今のキョーコの様に薬の力で動くことは可能な筈である。実は毒はキョーコを蝕んでいるものよりずっと軽いのだ。

今は怪我の治療もしているので、毒対策のキツイ薬は与えられないが、治療が終わればそれも可能となる。

今日から暫く表面的な怪我の治療に専念することで、ここを去るときには馬に身体を括り付けたら走れる程度には回復させる。

その目的を果たす為には、声かけにも反応しないこの “荷物” の世話を続けるしかないのだ。



これまでの夜には世話を終えれば、雨は防げる馬車の下に戻すか、昨晩の様に台車ごと野営用の天幕の中に入れるかのどちらかで過ごしていた。

勿論、馬車の下を選べばキョーコは天幕、天幕を選べばキョーコは幌馬車の荷台といった具合に同じ場所で寝ることはない。

どちらがどうとはまだ考えていないが、今夜は空になった幌馬車の荷台と小屋の中に別れて眠るつもりだ。

しかし、そのどちらの寝床も台車ごと運べる場所ではない。補助はしても自力である程度動いてもらわねばならないのだ。

───折角小屋と幌馬車の荷台の2カ所も寝床を確保出来たのに、天幕を張るのは嫌だわ~。ま、流石に自分だけ快適な小屋で寝て、彼を馬車の下に放置なんてことは出来ないけど。

意識が戻ることを期待しつつ、部分的に開いたり閉じたりできる袋の口を全部開けて、中から出てきたまだまだ臭う男を見つめるが、残念ながらその瞳は開きそうにない。

「洗ってるうちに起きてくれるかしら?」

数枚の薄い布をお湯に浸している間に、男の頭の部分が台車から少し出るように身体を移動させ、井戸の水で濡らした髪を石鹸で丁寧に洗った。

これまでは傷のある身体を中心に世話をしていたため、髪は水で流すぐらいしか出来なかったのだ。

何度も水で流し、これまでより随分清潔になった彼の髪だったが、毒により変色したと思われるそれは艶もなくパサパサである。それでも今はどうすることも出来ない。乾いた布で水気を拭き取った髪に少しばかりの香油を塗り込めば、あとは本体の番だ。

台車の上の身体の位置を戻したあと、お湯につけていた布で顔や耳、首を拭き清めていく。

染み付いた臭いや汚れはなかなか奇麗には落ちない。石鹸で豪快に洗いたくなるところだが、人買い屋での過激とも言える洗浄はあの状態で移動することが不可能だった為の苦肉の策であり、丸洗いは本来傷に良くないのだ。

上半身を覆っていた服の肩と脇腹にある紐を解けば、薄いその服は胸と背中側に分かれ、紐付の四角い布に戻る。化膿止めを染み込ませたそれは、キョーコが着脱させやすいようにと考えたものである。

あとは上の布をどかすだけで、包帯に覆われた身体が現われた。

人買い屋で見えた傷は脇腹と背中と足の傷だけであったが、汚れを落としてみれば、思いもかけない場所を含めた幾つもの切り傷があり、今彼の首からウエストまでの上半身にはその面積の半分以上を覆うカタチで、包帯が巻かれている。

昨晩交換できなかったこともあり、かなり汚れているそれは、洗うことなく処分するものだ。肌を傷つけないように両脇の下に鋏を入れ、先程の服同様に上に乗っている部分をどかせば、今度はあちこちに貼ってある薬を塗り籠んだ湿布を剥がしていく。

そうしてやっと現われたのは、きっと元々は筋骨隆々だったであろう若くて大きな身体。しかし、今傷だらけでやせ細っているそれは、見ていて痛々しいものでしかない。

しかしその傷だらけの裸の胸を、キョーコは慣れた様子で、先程の顔同様に奇麗に拭き清めていく。

前が終われば、力を込めて身体を横向けに転がし、背中も同様に拭く。

そして、胸側と背中の傷口に薬を塗り付けた湿布を張り付けたあと、今度は身体を少し転がしながら、先程まで巻いて包帯いたものより幅の広い布でそれを覆った。

───あ、いつもの包帯よりこっちの方が楽かもー。ここで暮らす間はこれで十分ね。

そうして、上半身のケアが完了したところで、キョーコの動きは急に止まった。


───まだ、目ぇ覚まさないの?


今は目を覚ましてほしいが、このあとには覚まさないでほしい時間となる。

キョーコ的には数日前のようなタイミングで起きられるぐらいなら、目覚めないほうがマシなのである。

───あれからまた日にちが経って少しは慣れてきてたから、今日も同じタイミングであんなことになったのなら、叫ばずにいられたんだけど…今からは、絶対無理。

「ねぇ、本当に起きないの?起きないのなら、起きちゃ嫌よ?」

目の前の身体に意味不明なお願いごとを囁きかけたあと、キョーコは残りのケアに取り掛かった。

ソロリソロリと、先程までよりそぉっと。丁寧に。

───絶対に目を覚ましちゃ駄目よ!!覚ましたら呪うから!!いや、へたしたら殺しちゃうかも?私に殺されたくなければ、目覚めるべからずよ!ほら、キョーコ、羽のような軽やかさで気づかれないうちに済ませて!

治療中の患者に贈るには相応しくない呪詛と、よくわからない鼓舞を自身に送りながら、キョーコは問題地帯を覆っていたモノをシュルリと剥いだのだった。


第15話につづく


長くなりすぎたので、キョコさんが一方的に話しかけているところで切る羽目に。14話で会話がある筈とかほざいていた、嘘つき魔人をお許しください。そして、あまりこのあとの妄想を暴走させないでくださいね?えへ?←

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