拍手からの移動のパラレルファンタジーです。

あの森を目指して 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 11 / 12 / 13 / 14 / 15 / 16 / 17 / 18(アメンバー限定)or18(アメンバー限定を読めない方はこちら) / 19 / 20 / 21 / 22 / 23 / 24 / 25 / 26 / 27 / 28 / 29 / 30 / 31 / 32 / 33 / 34 / 35 / 36 / 37

拍手御礼「あの森を目指して 38」

《ここに吐いてもらって大丈夫ですから、吐けるだけ全部吐いちゃってください》

フルフルフル

口元に袋状の物を当ててもらいながら、背中を摩られている男は、それを拒否するかの様に首を左右に振った。

《貴方のお気持ちは良くわかりますけど、そんなお腹では苦しいでしょう?そこまでパンパンに詰め込んでしまっては、消化がおいつきませんよ?》

フルフルフル

即席の嘔吐袋を持ち上げていた手を降ろして、男を見下ろすキョーコの視線は慈愛に満ちている様にみえる。

しかし、優しく促されても男はなかなか頷こうとしない。

《だ、駄目だ。折角食べたんだから…うっ!》

時折内側から込み上げてくる物をまた噴出しそうになりながらも、必死にそれを押し戻し続けている男は、腹に収めた物を吐き出す提案を受け入れそうになかった。

───はぁ。もぉいい加減にしてほしい。

“どんな苦境にも決して崩さない営業スマイル” を顔に貼付け、表面上は優しく対応しているキョーコだったが、内心かなり怒っていた。

───良い大人が何故こんな食べ方を。幾ら太りたくとも自分の限界量位は把握してるでしょうに。食べ物は勿体ないし、ここもぐちゃぐちゃ。しかも臭いし…もう泣きたいぐらい…

男も常軌を逸した食べ過ぎで苦しいかもしれないが、キョーコだって決して元気ではない。男や自分の身体、そして小屋の床や壁を汚した「おぞましい色をしたドロドロの液体」は、そんな彼女にとっては堪え難い程酷い臭いを漂わせていた。

《だ、駄目だ。折角食べたんだから…うっ!》

《ほら、苦しいのでしょう?無理しないで出しちゃいましょう?》

しかし、内心はどうであれ男に語りかけるキョーコの声はあくまでも優しく、その顔には微笑みしか浮かんでいない。

───私も吐きそう…まぁ、胃には薬しか入ってないけど。ああ、もう相手を大人だと思うのはやめよう!!相手は子供!!なりは大きいけど、中身は子供なの!こうなったら実力行使あるのみよ!

《あらあら。…困りましたねぇ…でも、そのまま耐えていてもきっと身にはつきませんよ?ニッコリ》

《え?》

《んーー、このままじゃあきっとお腹を壊して、今より痩せちゃうでしょうねぇ。ニコっ》

《え?うそっ》

《全部とは言いません。込み上げてくる物がなくなる程度でいいですから、はいここに…ね?ニコニコ》

そう言って男の手に嘔吐袋を手渡したキョーコは、車椅子の背後に回り込み両手を男の身体に回した。

《え?///ぐぉっっ、おぇ~》

キョーコは後ろから男を抱きしめた訳ではなかったが、吐き気に襲われながらも男はそれを一瞬喜び、そのあとそんな僅かな余裕もすべて袋の中にぶちまけることとなった。

背後から回した手で、みぞおちのあたり強く押し上げられたのだから、限界ギリギリだった男が耐えられる筈がなかった。

スイッチが入れば、キョーコが助けなくとも、男の嘔吐は順調に進んだ。

それを “どんな苦境にも決して崩さない営業スマイル” でニコニコと見守っていたキョーコは、男が吐けるだけ吐き終わったタイミングを見計らって、車椅子を外へと押し出した。

《残りはここで吐いててください。中を少し片付けてから、身体を流しますから》

《え?お、俺も何か》

《まだ気持ち悪いでしょう?可哀想ですけど、もう少しだけ我慢してくださいね?その状態ではベッドにも横になっていただけませんから。すぐに片付けを済まします。だからそれが終わるまで貴方はここで待っていてください。ね?ニッコリ》

自分も何か手伝わなくてはと考えた男だったが、それはキョーコのまるで子供を諭すかの様な優しい視線と声により拒否された。




───臭っ!
───嫌んもう、臭ぁ~いっっ!

このあと、男は自らの身体から立ち上るモノに。キョーコは部屋中に充満しているソレの臭いに辟易しながらも、待機と掃除を終えた。





《申し訳ないですが、出発は1週間程延期させてください》

少し異臭を残しながらもキョーコの手で元の片付いた状態に戻された小屋の中で、男はすぐ其処まで迫っていた危機が少しだけ遠のいたことを知らされた。

コクコクコク

───出発なんてしなくて良いと言ったら、置いて行かれてしまうかもしれないし。こないだみたいに何か怒らせる様なことを言ってしまったら、また今日か明日には出て行けとか言われてしまいそうだし…

そう考えた男は、頷くことで否はないと示すことしか出来なかった。

しかし、彼は決心していた筈である。

───今度顔を見たら、まず謝ろう。何を謝るのかわからないけど、謝れば許してくれるかもしれないし。それで、ちゃんと一緒に居たいことを伝えて…それから今度こそ名前を聞くんだ。

キョーコが顔を出すのを待つ間に何度も何度も、こうしようああしようと考えていた筈なのだ。


《あの…ごめん…なさい》

そして、彼は “まずは謝罪” という、1つ目の計画を実行した。

《気にしないでください。貴方のお気持ちはよくわかりますから》

《ごめんなさい》

《…私も貴方に謝らなくてはいけません。先程ご所望になられた千粒は美味しい超絶栄養完璧スタミナドリンクも百粒のも、今日直ぐにはご用意できません》

《そ、う…》

折角胃に詰め込んだ食料をほとんど外に出してしまった男は希望の光で秘密兵器だと思い込んでいるドリンクがすぐに飲めないと知り、がっかりした。

《今日はもう何もお召し上がりになれないと思いますけど、何か飲まれるなら、今日のところは水かベニ茶を飲んでいてください》

───どうしよう、水や茶じゃ太れない…でも、少し猶予が出来たし、明日からまた頑張ればっ!

《あ、明日は?何を食べ…れば?》

明日は何を食べられるのか。それを聞いておかないと安心できない男は縋り付く様な目でキョーコを見つめながら、質問を投げかけた。

《明日からの食事は、あの棚に1回分づつわけてあります。あまり残っていませんが、栄養的には問題ないと思います。乾燥ギュウギュウと水とベニ茶はあまり水分をがぶ飲みしちゃ駄目ですよ?また気持ち悪くなりますからね?》

キョーコが指し示した棚の上のそれを見て、男はガックリと肩を落とした。

───俺が無駄使いしたからだっ。どうせ吐いてしまうぐらいなら、もっとセーブして食べればヨカッタんだ。

食料は勝手には涌いてこない。こんな他に人が住んでいない森では調達に行くのも大変なのに、蓄えていた食料のほとんどを駄目にした自覚のある男はドンと落ち込んだ。

だから、謝罪の意味を相手が勘違いしていることにも気づかなかったし、聞きたいことを聞くのも忘れてしまっていた。

《申し訳ないですが、私はしばらく小屋に顔を出せません。食料はあと4日程持つ筈ですし、先程水浴びを済ませていただきましたし、何も問題ないですよね?ニッコリ》

《え?来ない?い、や、でもっ》

《車椅子での移動にも慣れてこられた様ですが、私が留守の間はもしもの為に外は井戸がある場所まで行く程度にしておいてください》

《ど、どうして…4日?来ない…?》

《ああ、すみません。もう少し長くしたいところですが、それだと食料が底をついてしまいますので、4日で我慢してください。そのあとは3日。そしたらもう我慢せずとも済みますよ。ちゃんと出発の準備はしておきますから、安心してくださいね?》

男の危機は確かに数日遠のいていたが、同時にそれを避ける手だてもまた同じだけ遠のこうとしていた。

男の願いとは正反対の方向に進む、キョーコの計画。

《えと…だ、だから、ごめんなさい…それで俺は一緒にいた》《大丈夫です!なるべく顔を出さないで済む様に努力しますから!ニコニコ》

今日の目標をこの瀬戸際になり思い出した男の台詞はうんうんと大きく頷くキョーコによって、大事な箇所が遮られてしまう。

《顔は出して》《だから駄目なのはわかってますよ。ニコニコ》

こう言うキョーコは中央大陸で有名な劇団の俳優が決め台詞を言うときの様な顔をしていたのだが、そんな劇など知らない男は何と言えば4日も放置されずに済むのか考えるのに必死である。

「みなまで言うな。わしとて良くわかっておるのじゃ。そなたの辛い気持ちは」

男はその耳で聞くことはなかったが、もしもこの決め台詞を聞けたならば、彼はこう言い返すべきであった。

《頼むから、みなまで言わせてくれ!君は俺の気持ちを全然わかってない!俺は君と一緒にいたいんだ。ずっと離れず旅にも同行したいんだ!》

しかしこのときの彼はそんな言葉は聞かせてもらえなかったし、実際のところキョーコの気持ちも全く理解出来ていない彼がこう言い返せる可能性はかなり低かった。

《4日なんて嫌だ…》

《じゃあ…4日目に小屋の前に食料をお届けしましょうか?運び終わったらドアをノックしますから、それなら顔を出さずに受け渡し出来ます…よね?1週間目の出発時には流石に説明などしておきたいのでお会いしないといけませんが、最後ですからそこは我慢してくださいね?》

《ドアをノック?いや、だから、顔を出すとか出さないとかじゃなく》

《今の貴方は1人で食料を確保することも、外出することも、旅に出る準備をすることも出来ないでしょう?どれだけおぞましくても我慢しないと駄目なこともあるんです!ね?我慢してくださいますよね?あと1回。私はすぐに消滅できませんが、貴方の我慢はすぐ終わりますから!》

───やっぱり、俺はおぞましいんだっ!俺の側から消滅したいぐらい、気持ち悪いんだ!でも…嫌だ。俺は離れたくない。

キョーコのことを男が理解出来ない様に、男もまたキョーコが理解出来ない方向に誤解というトンネルを深く深く掘りまくっていた。

だが、男はキョーコとは違い、諦めると言う道を選択肢にさえ入れなかった。

───どう言えばいい?

《嫌だ、駄目だ!俺は1週間で出発したりしない!ちゃんと食べて…太らないと!そしたらきっと役に立つ!だから、だから!》

《え?出発したくないんですか?…太る?…ああっ!なるほどっ!そうですよね!わかりました!見た目をある程度回復するまでは困るということなのですね?まあ、そう言われてみれば…今直ぐ女性にちやほやしてもらうのは流石に無理ですものね…見た目が役に立つ様な元の男前さんに戻るのはお国に帰ってからになるとは思いますけど》

ちっとも通じない彼等の会話の中で、男がまだ口にも出していない秘かな願望 “元の男前に戻りたい” 部分だけは何故か通じたが、それを伝える前の大前提 “キョーコに好いてもらうため” という動機部分については、一切感じ取ってもらえない男であった。

とにもかくにも、男の出発は1週間より先に伸びた。

キョーコが抱いている誤解と彼女の身体的都合のせいで、キョーコと一緒に過ごす時間はちっとも増えなかったが、男はこの “毒の森” の小屋で生活するうちに、杖をつきながらならゆっくり歩行できるまでに回復したのだった。

第39話につづく

危機回避成功!?しかし、前途多難な二人です。もうそろそろ森を出ようかしらん。ヾ(≧▽≦)ノ
なかなか仲良しな二人にはなれなくて申し訳ないですが、途中で成立してしまうとこのお話ってばそこで終わってしまうんです。((((°Д°;)))) だから、魔人はくっつきそうになると皆様とは違う理由でドキドキします。(爆)

ここで禁断の情報を囁いておきます。きっともう「麗しの蓮様以外許さないわ!」という読者様はあの森などとうの昔に見限って読まれていないであろうと信じて!
「魔人ってば、某ゆる◯くさまがお持ちだった写真で、ガリガリの骨男君にごたいめーーん!!しちゃいました!」あ、これまだ秘密なのでバラしちゃ駄目ですよ?←

*拍手はこちら ✧˖˚⁺\( ̄▽ ̄)/⁺˚˖✧*
↑ ↑ ↑
クリックで拍手できます。
拍手やコメ欄に、感想コメントをいただくと魔人がやる気を出します。←単純