蓮さん浮気第二弾!?拍手からの移動です。別のお話ですが、第一弾の『彼女は怒ってます』はこちら

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆
『謎の女は怒っています!』

 

「そうですか、わかりました…。それでは身体の方はどうです?どこか痛いところや違和感がある場所はありませんか?」

「…痛いところや違和感は別に…少し頭は重くは感じますが…ズキズキしている訳ではないです」

「病院退院前の再検査においても血液や骨や内臓、脳に異常は見つかっていません。身体だけで言えば貴方は非常に健康です。しかし、記憶がない、戻らない状態が続いていることは事実です。貴方の身元引き受け人によりこの部屋は今日を含め、5日間キープされています。ここは一般的な病院ではありませんが、看護師やスタッフが24時間体制でサポートしています。大きな怪我や病気をされた著名人が、自宅でのケアに不安を抱き滞在利用されることが多いので、マスコミへの対策を含むセキュリティーも万全です。安心して身体を休めてください」

「…ありがとう」

「交代制なので2名づついますが、担当の看護師と清掃スタッフも決まっています。規則は厳しくしていますが、有名人や…貴方のようなハンサムな男性とお近づきになろうと部屋に押しかける者もごく一部にはいるかもしれません。日本から派遣される貴方の付き添いの泊まり込み担当者は明日の朝に到着するそうですから、それまでは記憶を戻す刺激になるかもしれませんし、暇つぶしがてら会話してみるのも良いかもしれませんけどね。しつこくアピールされてご迷惑となる場合は、うちとしても信用問題になりますから、フロントにご連絡ください。すぐに対処しますので」

「はい…」



モデルとしてアメリカで撮影の仕事をしていた蓮は、アクシデントで頭を強打した。

そのまま気を失ったことで、病院に運ばれたが、幸いにも検査では頭部打撲のみで異常なしとなった。しかし、蓮は記憶を失っていた。

何故か自分は忙しい俳優だというのは覚えているが、芸名も本名も親しい人間の名前も忘れていた。

記憶がないと言っても身体には異常は見当たらず、長期入院は出来ない。仕方がなく、ホテル型の看護サービスを受けられる施設に数日滞在することになった。

モデルの撮影時には一人で渡米していたため、ここまでのサポートは彼が日本で所属している芸能事務所LMEのアメリカ支社の社長である宝田コウキ本人がしていたが、数時間前には蓮のマネージャーである社も到着していた。

今はこの施設のどこかでコウキと今後のための打ち合わせをしている筈だ。

本人は覚えていないが、蓮の素性はLMEのトップスークレットなのである。そのため、5日後にここを出るまでと日本への帰国までの付き添いは、社ともうすぐ到着する筈の蓮の恋人の女優 “京子”…本名最上キョーコが担当することになった。

恋人とはいえ、最上キョーコはスケジュールに余裕などない売れっ子である。恋人が海外で怪我をした程度では駆けつけることも出来ない。しかし、蓮の記憶喪失をなんとかできそうなのは彼女ぐらいである。そのため、LME日本本社社長であるローリィ宝田自らが “京子”のスケジュールを調整し、キョーコをアメリカに送り込むことになった。

キョーコが到着し、彼女に会うことで蓮の記憶が戻ればいいが、戻らなくとも問題なく蓮と接することができれば、この宿泊施設への泊まり込みは社ではなくキョーコが行うことになっている。

社の方は、日本の本社やアメリカ支社長宝田コウキと打ち合わせしつつ、彼が単独で担当している蓮と、チーフマネージャーとして部下1名と共に担当している “京子” の今後の仕事のスケジュール調整をしなくてはならない。蓮の側にずっといる余裕がないほど忙しく、会社としても社としても、出来れば付き添いは蓮の恋人であるキョーコに任せたかったのだ。




そして、翌朝。蓮の滞在する部屋にキョーコが到着した。

「………ハジメマシテ…?君…が…?俺の付き添いの世話係…なワケ?」

キョーコを見つめる蓮の表情には戸惑いよりも、拒否の色が強い。

恋人な筈の男から感じられる愛情など皆無で、受け取れるのは、睨みつけるようなキツイ視線に込められた「お前は誰だ、お前なんて側に置きたくない」という意思表示のみ。

 

予想し恐れていた通りとはいえ、その冷たい反応にキョーコはショックを受けた。

 

しかし、こうなってしまえばもう、事務所から派遣された “ただのスタッフ” として振舞うしか、キョーコに出来ることはないのだ。

「ハジメマシテ…LMEの最上キョーコと申します。遅くなりましたが、本日からこちらで付き添わせていただきます」

蓮の前に現われた日本人スタッフは、姿勢の良い細身の女性だった。
後頭部で綺麗にまとめた黒髪に、眼鏡。黒いジャケットと黒のタイトスカートを身につけたその印象は、仕事のできる秘書という感じだ。

蓮からすれば、記憶がないのは不安だが、俳優であるという自覚みたいなものはあり、演技をしろと言われればできる様な気がしていた。

幸いにも、自分は契約するAGENCYのこの国にある支社の社長だという人間自らがフォローしてくれる役者であるらしく、自分のマネージャーだという切れ者そうな男が既に側に駆けつけてくれている。

 

注:日本では、「エージェント」で通じますが、正しくは、AGENTは個人を意味し、会社などの組織のことはAGENCYというそうです。

マネージャーと言っても、雇用形態は日本式で、彼は「俳優である自分が雇った人間」ではなく、AGENCYに雇われているそうだが、AGENTの仕事とマネジメントの両方を担当できる彼はきっと優秀なんだろうと推測できるし、頼もしい味方だと思う。

今現在、不安はそんなにないし、フォローしてくれそうな人間が側にいて、自分のために動いてくれている。

記憶は戻したいが、戻らなくてもなんとかなりそうな…そんな気までしていた。

戻るかどうかもわからない記憶を取り戻す為の努力よりも、仕事に復帰する為の努力をすべきではないかとも思うのだ。

この施設はサービスがしっかりしているというし、看護師と清掃スタッフがいるのなら、付き添いの人間にこの部屋でしてもらう仕事などない。

記憶を戻す手助けにもならなそうな見知らぬ女に付き添われても、煩わしいだけである。

女の顔は少女の様にも見えるが、アジア人は若く見えるらしいから、成人はしているのだろう。ならば、子供相手の様に気を遣う必要はないだろう。

ビジネスで来ている大人には、ただ不必要だから帰ってくれといえば良いだけ。

社も午後には顔を出すらしいし、彼女が彼のチームの部下なのであれば、俺ではなく忙しそうな彼のサポートに回ってくれと伝えよう。

そう蓮は考えていた。

しかし、社に伝える前に、彼は我慢ができなくなった。

目の前の女性のエレガントな所作と、完璧な営業スマイルに、何故か苛立ち、蓮は「一人になりたいから」とキョーコを部屋から追い出したのだ。




「や〜ん〜、ミスターったら!セクシーね!」

「そう?君の方がセクシーだと思うけど?」

「ありがとう〜、うふふ、夜中の体調が心配なら夜間の見回りを希望してくれても良いですよ?」

「夜中?」

「そう…本当はダメなんですけど、キモチ良くなるマッサージ?とか…ね?」

「へぇ…」



コソコソと話しているようで、部屋のドアは開いているので話は丸聞こえだ。

そして、ベッドに起き上がった状態の蓮と、その横に座り込み “イチャイチャしている” 担当看護師の姿もよく見えた。


──────記憶を失った途端、隠れ遊び人の本性が出ちゃう訳ね。ふ〜〜ん、そうですか。少しでも貴方の役に立ちたいとこの国に駆けつけた恋人のことは思い出す気配もなく「不要扱い」なのにね〜。ふ〜〜ん。

部屋の外にある椅子に腰掛けているキョーコは、日本での仕事のための台本に目を通しつつ、今後の自分の身の振り方をどうすべきか考えていた。

──────愛してるとか、一生離さないとか、あれは何だったのかしら?胸も色気もないなんてことはない!君は誰よりも素敵だ!なんて言ってたくせに、記憶がなくなれば、私は出て行けで、あのお色気ムンムン看護師さんとイチャイチャなさってるぐらいですものね〜。記憶がないせいで何の思い入れもない私には、色気なんて感じないってことなのよね〜。ていうか今回も彼からすれば初対面なのに、また嫌われてるし!昔は、役者になる動機が気に入らないから嫌いだったとか言われてたけど、もしかして、本当は生理的に嫌いなんじゃあ…

どうやら自分は、幼い頃の思い出ありきでしか愛してもらえないらしい。記憶がなければ「女性として魅力的」など思ってもらえない存在なのだ。そう理解したキョーコの台本を見つめる目は非常に怖かった。

「へ〜〜〜〜〜、そうですか。ふ〜〜〜ん、そう」

日本から派遣された、謎の女は怒っていた。


このあと、蓮の記憶が戻るまでの3日間。謎の女の怒りは成長し続けたという。






ちなみにキョーコは、まだ怒っている...。

fin

拍手はこちら。  


『謎の女に聞かれていました』に続きます。