あの王子に会ってから、どれだけの月日が経ったんだろう。
 そんなに経ってないかもしれないし、かなり経ったかもしれない。
 あの日から、ずっとあの人のことが頭から離れない。
 気がつけば、いつだってあの人のことばかり考えてしまう。
 あの人に会えたらどれだけいいのだろう。
 あの人と一緒に人間の世界で暮らせたなら、どれだけ素敵なことなのだろう。
 そんなことばかり考えてる。
 人間になれたらいいのに。そしたら、あの人とずっと一緒に居られるし、憧れの人間の世界にだって行ける。
 人間になるにはどうすればいいのだろう。アリスタお姉ちゃんなら知ってるかもしれない。
 でも、人間が嫌いなお姉ちゃんのことだから、反対するに決まってる。
 ローレライ。
 そうだ、あの人が居た。
 海の深くに沈んだ船を家としてる、何千年も生きてる海の魔女。
 あの人なら、きっと人間になる方法を知ってる。
 私はすぐさまローレライの家へと向かう。
 よくお友達が病気や怪我した時に薬を貰いに行っているから、場所はわかる。
 しばらく泳ぐと、ローレライの家が見える。
 かつては豪華客船で、沢山の人が乗っていたらしいけど、今は海草やサビやコケにおおわれて、その頃の面影はない。
「すみません」
 私は、そういいながら船の中に入る。
 船の中は、折れた柱や机、椅子などが乱雑してる。
「誰かと思ったら、アリエルじゃないか。何か用かい? もしかして、また誰か病気かい?」
 男性とも女性とも取れる不思議な声が聞こえた。
 降り返ると、声と同じように男なのか女なのかわからない不思議な、それでいて綺麗な顔立ちの人魚、ローレライが居た。
 何処か恐怖すら覚えるのに美しいと思ってしまう。
「いいえ。私を……人間にして欲しいんです。ローレライさんなら、人間になる方法を知ってますよね?」
 私が訪ねると、ローレライは目を見開いた後、その目を細めて、
「何のために人間になりたいんだい?」
 そう訊いた。私は、すぐに答える。
「人間になって、海沿いの国の王子様に会いたいです。そして、一緒に過ごしたいです。
 人間の世界を見てみたいんです」
 ローレライは、困ったように笑った。
 もしかしたら、この人は人間になる方法知らないんだろうか。
「あんたを人間にしてあげることは出来るよ。でも、いくつか条件がある」
 ローレライが言った条件は三つ。
 一つ目は人間になる薬を作ってもらう代わりに、私の声をローレライに渡すこと。つまり、喋れなくなる。
 二つめは人魚にはもう二度と戻れないこと。
 そして、最後の一つは王子が誰かと結婚した場合、結婚した翌日私は泡になって消えてしまうこと。
「それでも行くかい?」
 ローレライが訊いた。不安なんかない。
 人間の世界にいけるということが嬉しい、という思いだけが私の中にある。
「はい」
「わかった。薬を作ってあげよう。海の底から幸運を祈っているよ、アリエル」
 私は、ローレライに声を渡し薬を作ってもらうと、海から城へとつながる階段へと向かう。
 階段に座り誰も居ないのを確認すると、私は渡された薬を一気に飲み干す。
 飲んでまもなく、全身を激痛が走り意識がなくなっていった。