「あーいや、そりゃまたバッドタイミングだったな」


電話の向こうの声も、陽向をどう慰め宥めようか、困惑に満ちていた。


そりゃそうだ、びっくりだ。こっちだって、全く知らなかったんだから。

こういう時に、陽向が縋り付く相手は、中学の時から変わっていない。

 

 

「けど、陽向のおじさん亡くなって3年経つんだし、おばさんも寂しかったんじゃないの?」

 

そしてその相手の反応も、中学時代と変わらないどころか、より的確に冷静になった。
月征の淡々とした声を聞いて、少しずつ頭に昇った血が、すーっと冷めていく。


陽向の母は46歳の若さで未亡人になった。そのことには同情するし、母だってまだ女でいたい気持ちはわからないではない。


けれど、母親のキスシーンなんて、見たくはなかったし、それに…と、陽向は先ほどの続きの不愉快なやりとりを思い出していた。

 

 

 

 

「や、やあ、陽向くん…だっけ」


陽向が名乗らぬうちから、男は陽向の名を読んで、笑いかけてきた。
この北の地に似合わない褐色の肌、白い歯。陽向より背が高く、二の腕も太い。スーツよりつなぎが似合う。そんなタイプの男だ。


「この人は?」
と陽向は敢えて、男ではなく、母に尋ねた。

「えっとね、この人は新藤保さん。お店の常連さんでね」
母の美晴は今、地元の小料理屋で働いている。店の常連。媚びを含んだ笑みで酌をする母と、それを鼻の下を伸ばして受ける男。つぶさに想像してしまい、陽向はますます不愉快になる。


「…ああ、そう」
気のない相槌を打つくらいしか出来なかった。
「君にはいずれ挨拶を…と思っていたんだが、遅くなってすまなかった」
悪びれもしない態度で言って、新藤と名乗った男は、陽向の前にごつい右手を差し出した。
「どうも」
不愛想にその手を握り返す。握力全開にして、握りつぶしてやりたいくらいだったが、どう見ても向うの方が強そうなので、やめておいた。


「いくつで、なにしてる人なの? その人」
陽向は眼光鋭く、彼を観察しながら聞く。
「建築関係の仕事してるの。年は45」
「4つも下なの?」
「まあまあ陽向くん。20代の4つと40代の4つは全然違うから」
「結婚は?」
「陽向、今日はあんた疲れてるだろうから、また日を改めて…ね?」
「なんで? いいじゃないか。せっかくの機会なんだし」

 

美晴は明らかに、話題を打ち切ろうとしているのだが、新藤の方は話したくて仕方ないらしい。
ちょっと酒も入ってるみたいだから、気持ちが高揚しているのかもしれない。

 

「実は今年中に、君のお母さんと結婚出来たらいいなと思ってる」

新藤という男の既婚歴を知りたかっただけなのに、まさかの母との結婚宣言をされて、陽向の衝撃と怒りは更に大きくなった。