幸せの余韻に浸った陽向が、月征の家に帰ったのは、日付が変わる頃だった。

今日あったことを月征にすぐに言いたいような、今は顔を合わせたくないような、複雑な気持ちで、陽向はこっそりと自分の部屋に戻る。


「遅かったな」

家中の電気は消えていたのに、月征はすぐに陽向の部屋に現れた。


「あ、わりぃ、起こしちまったか? た、ただ今」
「おかえり。風呂入るなら、沸かし直して」
「あ、ああ…でも今日はいいや」

帰り際にもシャワーを浴びたことを思い出して、陽向は答えた。陽向としてはごくごく普通に答えたつもりだったのに、月征には親友の変化にピンと来たらしい。

「何かあった? 陽向」
「えっ」

図星を刺されてどきっとして、滅茶苦茶声を裏返らせる。これじゃあ何かあったの、バレバレじゃん。


「今日羽田と会ってたんだっけ?」

妙に勝ち誇った顔で、月征は陽向に聞いてきた。う、やっぱりばれてる? 考え過ぎだろうか。



「うん…」

小学校時代からつるんでる友人と、こういう話をするのは、妙に気恥ずかしい。陽向は、胡座をかいて、俯きながら言葉少なに頷いた。


「心配しなくても、何してたなんて、野暮なことは聞かねぇよ。話したいなら別だけど」
「あ、…ああ」

言うべきか言わざるべきか。けれど、月征は月征なりに、自分と詩信のことを、気にかけていたから、やはり最低限のことは、知らせるべきだろうか。


「しーちゃんとさ…ホテル行ってきた」

ある程度予想はしていたのだろう、月征は陽向の報告に、口角を上げてにやりと笑ってから、肘を小突かれた。


「やったじゃん。明日の朝、母さんに赤飯でも炊いて貰う?」
「…お前、直ちゃんと初旅行から帰ってきた時、してもらったのかよ、そんなこと」
「してないな」

ふざけた後で「良かったな」と月征は柔らかい笑顔を見せた。


ふわふわと夢見心地な幸せ状態は、今も続いてる。こういうの脳内お花畑って言うんだろうか…。けれど、陽向なりに、現実に舞い戻ってきた時に、一つ決意したことがあった。


「なあ、月征、お前とお前の家族に図々しいお願いあるんだけど…」

急に居住まいをただし、陽向は月征に面と向かって頼み込む。
その内容に、一瞬目を瞠ったものの、月征はすぐににやっと笑って、快諾してくれた。

自分一人で出来ることは少ないけれど、助けてくれる手がある。それもまた、陽向の財産だ。長年の友情に感謝して、陽向は眠りについた。




次の週末、陽向は再び、羽田家を訪れた。


詩信の父親、哲男もにこにこと陽向を出迎えてくれた。

前回のことがあるだけに、陽向からすれば、その笑顔が不気味に思えるが。


「こんにちは」
「やあ、こんにちは」

すぐにリビングに通されて、詩信の母が香りのいい紅茶を出してきてくれる。

「陽向くんもどうぞ」

と置かれたグラスから手が離れないうちに、陽向は思い切って宣言した。


「あの! 俺、やっぱりしーちゃんとずっと一緒にいたいです! だから…お嬢さんを僕にください!」

柔和な笑顔だった哲雄の目が、一気に鋭く厳しく陽向を睨み付けた…ような気がした。