詩信の手を握ったまま、陽向は奥の部屋のドアを開け、
無造作に荷物を置く。

その一連の動作の間も、詩信の手は離さずに。


これからもずっとこの手は繋いだままでいられる。
それはわかっているのだが、遠距離で積み重ねた年月が、
陽向を不安にさせているのかもしれない。


(…あー、俺、めちゃくちゃ余裕ないわ…)


「…しーちゃん」

両手が開いたところで、陽向は詩信の両手を取った。

「はい…っ」
「あーなんか俺、緊張してる。してるよね」
「…うん」

今のこの状況が嬉しくて、でもまだ信じられない。
詩信も同じ思いなのだろうか、声も表情も硬い。


何を話せばいいんだろう、時間はたっぷりある。
だからこそ、戸惑ってしまって、言葉が喉につかえて出てこない。


「…とりあえず、ハグしてもいい…?」

 

手を離して、ばっと広げると、詩信の方から陽向の胸にこつんとおでこを寄せてきた。
シャンプーの匂いか、香水か、詩信の身体からいつも漂う、
甘い香りが陽向の鼻を掠めた。

壊れモノを扱うみたいに、詩信の背中に腕を回す。
一瞬だけ詩信の背中に電流が走ったみたいに、

微かな震えが陽向の掌に伝わる。

それが詩信の躊躇いだというのは、よく理解してるつもりだ。
でも陽向が彼女の身体から腕を遠ざける前に、
詩信は陽向の背中に手を回して、自分の身体を密着させる。


「…これからずっと一緒にいられるね」

 

詩信の言葉が涙が出そうなくらい嬉しくて、
ごまかすように陽向は詩信の唇を奪った。

…2回、3回。唇を重ねるだけのキスをして、
陽向はゆっくり詩信から離れた。


本当はもっと二人だけで帰ってきた喜びに浸っていたいのだが。
(これ以上はやばい、いろいろやばい)

むず痒くなってきた下半身を鎮めるように、陽向は詩信に言う。


「みんなのとこ、行こっか…」
「うん」

詩信は一旦頷いてから、思い出したように言った。


「あ、そうだ、ひなちゃん、あのね」
「おう」
「…ひなちゃんのこと、パパに話したの」
「…え」

「今度ね、うちに連れてきなさい、って」

 


『付き合ってる人がいるから、会ってほしい』的なアレ?

陽向のうちはオープンだったから、詩信を遊びに来させたこともあるが、
詩信は母には陽向とのことを打ち明けていたが、
父親には内緒にしていたようなのだ。

 

(それがいよいよ親公認?)

つい顔がにやけてしまう。



「わかった。じゃあ、仕事の休みわかったら、
お父さんに伝えてくれる?」
「…うん。でもひなちゃん、忙しかったら無理しないでいいよ」
「いや平気平気。ていうか、無理しても行かなきゃダメだろ、それ」

 

行こうぜ、と詩信を伴って階段を下りる。

主役の登場をみんな拍手で出迎えてくれて、
やっとパーティーが始まった。