結局詳しい話は月征の部屋に陽向がいつも使ってる布団を持ち込んで、ベッドの横に敷き詰めた。

「修学旅行とか合宿思い出すな」
「そうだな」

くすくすと笑い合ってから、陽向はここ数日、誰にも言えずにいた詩信の父とのやりとりを、月征にぶちまける。



「いい人なんだよなあ。しーちゃんの親父さん。俺なんかに感謝とかしてくれて。大人の男の度量とか、余裕とか、感じさせる人だった」
「ふーん」
「娘と結婚する男は、僕の会社を任せられるような、人にしたい――って。背負ってるものの大きさが、俺や俺の親父とは、きっと何倍も何十倍も違うんだよな、きっと。しーちゃんのお父さんの言わんとしてることはわかるけど」
「羽田のことを好きな気持ちは代えられないし?」

陽向の気持ちを先取りして、代弁して、月征はニヤッと笑う。


「そう。自分の気持ちと社会的立場の葛藤? それに俺、ちょっと己惚れてたのかも。しーちゃんはきっと俺以外の男は、まだ絶対無理だから、しーちゃんの両親も俺を認めてくれるんじゃないか、って」

哲雄の厳しい言葉は、陽向の楽観的な観測を見破られていたようにも思える。


「うん…まあ…」

ベッドに腰かけて、頬杖をつきながら、月征は彼らしくない鈍い相槌を打った。
時計の針は既に2時を回ろうとしている。普段なら彼はとっくに寝ている時間だ。


「お前、ちゃんと俺の話聞いてる? も、半分脳みそ寝てない?」
「寝てないって、ちゃんと聞いてるよ。ただ、的確なアドバイス求められても困る。俺も経験ないし。たださ、陽向も羽田のお父さんも、先走り過ぎじゃないか?」
「え?」
「未来なんて変わるのに、今現在のことであれこれ考えてもしょうがなくない? よりよい未来のために今、努力するのは当然だけど、あれこれ決めつけ過ぎなんじゃないか?」



「…そっか…、そうだよな…」
「だろ? わかんないじゃん、まだ。陽向が大出世して、社長とかになるかもしれないし。俺だって、まさか彼女出来るなんて思わなかったし」

直との付き合いは月征にとって、予測不可能だった未来らしい。


そう考えると、まだまだ自分たちの未来は不確定要素が盛りだくさんなのかもしれない。


「…で、俺どうすればいいと思う? このまましーちゃんと付き合ってていいのかな」
「知らねえよ、好きにすればいいじゃん」
「月征、つめたっ」
「最初から、的確なアドバイスは出来ない、って言ったじゃん。けど俺だったら――」
「お前だったら?」
「直と一緒じゃない未来は嫌だから、どうやったら二人で歩いて行けるか考える…」

そこまで言うと、月征は眠気が限界だったのか、ぱたっとベッドに倒れ込み、すぐに寝息を立ててしまってた。


(相変らず、勝手なことばっかり言いやがって)

しかも言い捨てて、寝ちゃうし。俺だって、しーちゃんと一緒じゃない未来なんて、くそっくらえだっつーの。


やっと…やっと近くにいられるようになった矢先に、彼女の親が立ち塞がるって、どんだけ自分は神様に試されてるんだろう。

だけど、諦めたくはない。

もやもやした思いで、布団に入った陽向だったが、翌日、またとんでもない事態が彼を待ち受けていた。



朝…というより、昨日の夜更かしのせいで、既に日は高くなっていたが、起き抜けの陽向が寝ぼけ眼でスマホを握ると、詩信からメッセージが届いていた。

陽向はどきどきしながら、メッセージを確認する。


――今日、会える?

休みだし天気はいいし、陽向に否の理由は何一つ見つからない。
即刻返事をして、待ち合わせ場所と時間を決める。

陽向が少し早めに行って待っていると、時間ぴったりに詩信は現れた。
黒い花柄のワンピースは、華奢な詩信によく似あっている。

だがその表情が硬い。


「おはよ、しーちゃん、どうしたの?」

陽向を見てもにこりともしない詩信に、陽向は思わずそう尋ねる。

詩信は一瞬間を置いてから、何かを決意したように、強い口調で言った。




「ひなちゃん」
「うん」
「あたしとホテル行こう!」