目の前の陽向は、驚き過ぎて、目を白黒させている。その表情を見ていたら、詩信の心にもためらいが生まれてしまう。

怖いか怖くないかと言ったら、圧倒的に『怖い』が勝つ。
だが、今のままでいたくないというのも、詩信の偽らざる本心だ。


別に三上さんに言われたからじゃないもん。


――あの日、三上も交えてのガールズトークの後。
家に帰ってから、直にラインをした。


――直ちゃん、初めての時、どうだった? 怖かった?
――怖く…はなかったよ、どっちかって言うと、恥ずかしかった
――痛かった?
――無我夢中過ぎて、何が何だか覚えてないの。参考にならなくてごめん

確かに直らしい感想だ。
大体親友の体験談聞いてどうなるものでもない。直は直、詩信は詩信なのだから。
それに陽向と一線を越えれば、今詩信が抱えてる不安がクリアになるかと言ったら、違う気がする。


陽向とはずっと遠距離恋愛だったから、会えなくて当たり前だったのに、近くに陽向が来てくれたことは、もちろん嬉しいのだが、同じだけの戸惑いも覚えてしまう。

距離が近いと、これまで見えなかったものまで見えてきてしまう。その一つが付き合って3年も経つのに、未だキス止まりという陽向と詩信の関係かもしれない。


(…どう、すればいいんだろう…)

陽向ともっと近くなりたい。願うのはそれだけなのに。



そしてその夜、詩信は父と母がとんでもない話をしているのを聞いてしまう。


最初は詩信の成人式の振袖の話だったのだ。西陣がいいとか友禅も見てみたいとか、着物の話だったのに、いつの間にか詩信のお見合いの話になっていた。

父の哲雄はこう言ったのだ。

「見合い写真にも使うんだから、写真屋もいいところを予約しないとな」


(見合いって…?)

詩信が未来を思い描く男性はたった一人だけだ。


腹が立ったのと不安なのと両方の気持ちが混じり合って、詩信は黙っていられずに、両親のいるリビングに怒鳴り込む。

「あたし、お見合いなんてしないし」
「聞いてたの? 詩信」

母は詩信の乱入にバツの悪そうな顔をしたが、父の方はお構いなしだった。

「この間うちに来た陽向くんか」

決意表明をする前に、哲雄にセリフを奪われ、詩信は黙って頷いた。


「彼は好青年だね。苦労してるようなのに、卑屈なところはないし、真っ直ぐで男らしい」

身内に彼氏を褒められるのは嬉しい。けれど、さっきの会話を思い出せば、手放しで喜べないのは事実で、詩信は哲雄をじぃっと見つめる。

「あの事件の後、詩信はもう恋愛出来ないんじゃないかと恐れていたから、陽向くんと付き合うのは、パパもママも大賛成だよ」
「じゃあ…」
「でも、詩信も陽向くんもまだ若い。今はお互い好きでも、この先どうなるかわからないだろう? 見合いだって、今日明日しようって言うんじゃない。未来に何が起きてもいいように、写真を準備しておくだけだよ」
「……」

そうだろうか…。確かに哲雄の言うことは、理に適っているように思えるのだが、上手く言いくるめられている感が半端ない。


「お父さん」
「何だ?」
「この間、ひなちゃん来た時、2人で飲みに行っちゃったでしょ? あの時、ひなちゃんと何話してたの?」

詩信が静かに父を問い詰めると、哲雄はまたにこにこした表情で詩信に告げる。


「大したことは言ってないよ。学生の付き合いと、結婚は違う――それくらいかな」
「そんなこと…」