この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




朝儀の座に
鷲羽の臣らが勢揃いした。
たづの入来に祭の準備にと慌ただしく続いた様々であったが、
いよいよ明日は秋祭である。

臣らには気がかりがあった。
尋ねることも憚られ、
ここまで来てしまったが、
それは聞かずに済ますには大きすぎる。


一同は深水には
繰り返し尋ねてきたのだが、
一の臣たる深水も
これに答える言葉はもたなかった。


神渡は
鷲羽を離れると宣したのだ。




「長、
 祭は明日となりました。
 そこで、
 その………長はまことにこの鷲羽を離れるのでございますか?」

深水が促すように見やり、
小美野が
ぐっと膝を進めた。
臣らは一様に神渡の顔を見つめる。


「興津の信義をいただいた。
 鷲羽のとるべき道も変わる。」

神渡は静かに皆を見渡した。
多田の残党ともいえる者も座にある。
それを忘れたかのように
神渡が投げ掛ける視線は誰に対しても変わらなかった。

「都だ。
 鷲羽もそこを離れては
 民を戦に巻き込むことになろう。
 興津もまた同じ。
 これまで多田に任せていたが、
 それは間違うていた。
 興津の姫がそれを教えてくださった。

 都には我が参ろう。
 我は都にてこの里を守る。」


都。
ここ数年、
その存在を意識することが増えていた。
鷲羽は政争の外にあったが、
その財力と武力は世に知られている。
多田は主張した〝もったいない〟と。

まさか!?
臣らの表情が厳しくなった。
その戦をも想定した強い覚悟がそこに見てとれた。
そして、
二つの顔に浮かんだ微かな喜色。
それも神渡は目に収めた。
一同を背にした深水は
見ずとも了解していることだろう。


「鷲羽は
 天下を望まぬ。
 忘れるなよ。」

神渡が
にこりと破顔し、
ふっと座が和んだ。

この男の長たるところだろう。
次の戦は血を流すものではないらしい。
だが、
そのために、
打つべき手は心を合わせて売っていかねばならぬ。
神渡は鷲羽をその手に握っていた。



「阿智、
 才津、
 多田に住まわせていたが、
 あれは鷲羽の屋敷だ。
 どんな様子だ。」

並んだ二人が
神渡の屈託ない笑みに
びくんと竦み上がる。
そんな下問があろうとは想定もしていなかったのだろう。


「もう多田はおりません。
 使うていた下人らも散り散りで………。」
「あ、
 その者らが行き掛けの駄賃に持っていったのか、
 屋敷も空っぽでございまして………。」

各々が知ることを
思わず口にしてしまう。

「見に行ってくれたのだな。
 ご苦労。」

「いえ
 ご報告もせず
 もうしわけありませぬ。」


多田を失えば
都での余禄もなくなっただろう。
その後釜にと願うことはあっても、
裏の取引を引き継ぐほどの才覚はなさそうだ。

「いや
 苦労をかけたな。
 しばらく里でゆっくりするがよい。」

神渡は
すっくと立った。

「さあ
 明日は祭よ。
 そして、
 我は朔夜を巫として晴れの場に迎える。
 皆、
 祝うてくれ。」





パタパタと小さな足音が廊を近づいてくる。
カラカラっと引き戸が開き、
頬を上気させた可知が飛び込んできた。

「月さまー
 終わったよー
 ねぇ
 長がさー」


「耳殿
 これでよろしい?」

たづがきりっと振り返る。
壁際に並ぶは
明日の支度である。

〝耳殿〟とたづに呼ばれ、
可知の背筋が伸びた。
純白の衣装が袖に竹を通して立ち姿さながらに裾を引いている。
その前に五色の領布は興津織特有の光沢が見事だ。

可知の目が輝く。

「うん!
 これでいいよ!
 すごいなー
 こんなに綺麗なんだ。」


静かに続いて足を踏み入れた神渡は、
ぽんと可知の頭を撫で、
たづに一礼した。


そして、
朔夜を見返る。

「朔夜、
 これを纏うそなたを
 早う見たい。
 さぞ美しかろうの。」

朔夜の頬が染まる。
神渡のことば一つにその色を変える花であった。
その薄紅を目にする神渡も
また朔夜の姿の一つ一つに胸は熱く高鳴る。
神渡は酔うた。


二人の姿にうっとりしていた可知が
ぱんっと手を打った。

「そうだっ
 ねぇ月さま
 神渡さまがね、
 祭が終わったら
 都に行くんだって。
 月さまも都に行くの?
 おいらも連れてってくれる?」


己が語るべきことをぺらぺらしゃべってしまう可知に苦笑しながら、
きょとんとしている朔夜に申し開きをしようと向き直り、
神渡は口をつぐんだ。
可知を嗜めようとしたたづが、
神渡の気配に気づき、
同じく口を閉じた。



「みやこ………?」

朔夜は膝に手を重ねたまま
小首を傾げていた。
その眸がすうっろ色を濃くしていくのを
神渡は見た。

 ミヤコ………ミヤコ………………。

朱唇がその名を繰り返しかたどる。


月さまっ
可知の悲鳴が響く。
朔夜の体がカクンと崩れ、
駆け寄った神渡の腕に収まった。





「お山は今日も
 ご機嫌うるわしいな。」

満足げに小美野は笑った。
朝儀を終えて心も晴れやかだった。
長は鷲羽と共にある。
その心が確かめられれば実直な武将に
迷いはない。
稲刈り以来、
好天に恵まれている。


 りゅう のぼる
 りゅう のぼる………………。

男らの掛け声が社にこだまする。
突如降ってわいた巫を迎える祀に間に合わせようと
北の村の民と共に汗を流してきた臣には、
この天候も天の御意志と思われてならなかった。
干した稲の香が村を元気づける。
秋祭を終えたら脱穀だ。



「明日は祭だ!
 励もうぞ!!」

息を合わせて丸太を運ぶ男らに
声をかける。
おう!とよく日に焼けた顔が笑う。
村の鎮守の境内に白木の小振りの社が形を成そうとしていた。


 りゅう のぼる
 りゅう のぼる
 ………………………………。


秋祭だ。
竜はこの鷲羽から空に昇ったのだ。
民の意気は高かった。


明日は秋祭という日のことだった。


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。
ありがとうございます。




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