この小説は純粋な創作です。

実在の人物・団体に関係はありません。




 

肩に揃えた尼そぎの髪はふうわりと広がる。

ややくたびれ、

そこここにこびりついた泥が見えるが、

その上衣も下袴も都の貴人が纏うものである。

 

飾り帯がぶっきらぼうに結ばれ

上衣がだぶついているのは、

その小さな手を嫌そうに握っている無骨な指がしたことなのだろう。

 

何とも珍妙な姿の童女をここまで連れてくるには

それ相応の騒ぎはあったに違いない。

ばたばたと館の廊を駆けてくる足音がする。

 

「長!

 よそ者が坂を登っていったって

 子どもらが……。」

息の弾んだ声が引き戸の向こうから聞こえた。

 

「母ちゃん!」

可知が引き戸に飛びついた。

たづは一つ吐息をつき、

再び鷲羽に戻ってからはすっかり日常着となった濃紺の長衣の膝を払って縁に居住まいを正した。

 

老人は罪のなさそうな皺深い笑顔を向けている。

神渡はその腕に朔夜を取り戻し、

落ち着きを取り戻したらしい。

たづを見返す目に揺らぎはない。

 

「あら……申し訳ありません!」

真新しい白麻の衣姿の〝耳〟の母堂は、

一見、

家人が客を迎えた様にも見える一同を目にし、

慌てて平伏した。

もちろん我が子の頭も押さえ込んで。

 

 

「興津よりのお越し、

 鷲羽は心より歓迎いたします。

 なれど、

 この館は今宵は潔斎に入ります。

 お小さいお方もおいでですから、

 女手も欲しゅうございますし……。」

 

たづが

いかにも今迎えたばかりの客人に戸惑った女主といった風情で言いさせば、

 

「じゃあ

 母ちゃん!

 うちに来てもらおうよぉ」

頭を押さえられたまま可知がじたばたと声を上げる。

 

 

「ばかっ

 うちみたいなとこに興津のお客様なんて」

 

思わず体を起こした母は

ぴょんと起き上がった息子がひゃっと首を竦める勢いで怒鳴りつけた。

稲刈りの折りたづを家に迎えたことだけでも

〝耳〟という卑しいとも尊いともつかぬ特異な家を守る母には、

よほど気を張ることだったらしい。

 

「平気だよー

 きったないじいさんじゃんか。

 それに、

 あいつなんか……すんげー言葉きたないんだぜっ」

 

さすがに先ほどまでの刃傷沙汰は母に言えぬと思いとどまったが、

口ごもった分、

最後の悪罵にはずいぶんと気持ちが籠もっていた。

 

 

小さな指を指し付けられて、

タケルの仏頂面はますますげんなりした。

それでも指先にひっかかる小さな手を振り払うでもなく、

ただ黙っているのはまあ見上げたものとしておこう。

 

 

「そなた

 わらわの姿は見えぬのか。」

 

へ?

と庭を向く蓬髪に、

さらさらとした尼そぎ頭がまっすぐに向けられている。

 

「どうなのじゃ?」

小さな朱唇が動くのを見ると、

今の居丈高な言葉は

確かにその口から出たものらしい。

 

 

「御老人、

 そちらのお方は?」

神渡が静かに口を開いた。

朔夜がその顔を見上げる。

 

 

「いや

 申し上げました通り、

我らには拾いものとしか申しようがないのですよ。

ただのう、

拾うたところがのう、

鷲羽のお屋敷でございましてな。」

 

いかにも申し訳なさげに頭を掻いているが、

少しもすまなそうではない口調である。

 

 

きっと朔夜が向き直る。

黒揚羽がするりと腕を抜け出す。

神渡はその髪が靡く様に見惚れた。

きっと己に見せる背に目が吸い寄せられた。

止めねばならなかったが……。

その思いは微かに脳裏を掠めて消えていった。

 

いとおしい。

羽化を終えて羽ばたく蝶が

ただ愛おしかった。

 

 

「この館に

 なんぞ言いがかりでもつけようと?」

 

語気が荒い。

甘く芳しい声がぴんと張る。

その響きに酔いながら

神渡はもう一人の男の視線に気づいた。

 

騒ぎの元凶である童女にも

その手を取る己にも一顧だに与えぬ細身の刃が

タケルを引き寄せていた。


 

 

イメージ画はwithニャンコさんに描いていただきました。

ありがとうございます。




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