この小説は純粋な創作です。

実在の人物・団体に関係はありません。




 

板の間に真新しい筵が敷かれていた。

たづが

その筵を避けて脇に座った。

 

神渡は

その意を汲み

筵へと進んだ。

 

たづの、

興津の姫の座所と思うのだろう。

その敷居を越えたとき、

朔夜は勾玉から目を離し、

何か問おうとするように小さく口を開けた。

 

藺草の香が清しく漂い

母屋の褻とは一線を画した晴れの間であることが伝わる。

朔夜は巫が一族の中でどういう位置にあるものか分かっていない。

それは遠慮というものがない可知による日頃のためだ。

 

白い足先が筵に下ろされるや

朔夜はたづの脇に向かおうと僅かに腰を屈め

歩みだそうとした。

さらに己の足についた土が目に入るや頬が染まり、

足早になった朔夜は、

直ぐに立てた掌が目の下に来るまで

押しとどめるたづに気づかなかった。

 

あ……と止まる。

すかさずたづは懐から手布を出し、

朔夜の踵に手を伸べた。

 

「われの膝に

 御御足を。」

 

恭しくたづは言葉を添えた。

〝食べるとはいただくことですよ〟

そう優しく教え諭した姫はいなかった。

藍の長衣に束ねた髪が

凜々しい長の侍者を思わせた。

 

 

「姫様……。」

心許なげな声が愛らしい。

神渡はことばを添えることなくたづの手腕にまかせた。

巫の後見はたづなのだ。

そのことばに従えねば己が傍らにおられぬとき、

朔夜は館から出せぬし、

館にいても臣や民との前に出すことは危うい。

 

 

朔夜はいつどのように変容するともしれぬ危うさがある。

そして、

それがなくとも、

母の御霊に抱き取られ新たに生まれ出た魂は、

ひどく幼いことに変わりはないのだ。

 

 

「さあ」

たづが

わずかに力を入れると、

白い足先はたづの膝に乗せられた。

「もう一方をお出しください。」

素直に朔夜は足をかえる。

 

 

神渡は残っていた警戒を解いた。

朔夜は対する者により咲かせる花をもつ。

そして、

〝われのすべては

  あなた様のもの〟なのだ。

いじらしい。

その魂を恋うるなら

花弁の色には惑わされぬものだ。

 

神渡は朔夜の背に微笑んだ。

 

「朔夜、

 我に並べ。

 巫は長と共にあるものだ。」

 

朔夜がたづに清められた足を筵に下ろすのを待ち、

神渡は声をかけた。

 

 

「お行きなさい。

 巫、

 あなたは巫ですよ。」

神渡を振り返った朔夜に、

たづの声音は姫のそれに戻っていた。

 

どう戻ればいいか迷う朔夜に、

たづは望み得る最高の師であった。

 

 

神渡は

しっかりと背筋を伸ばし、

たおやかに歩み寄る朔夜に見惚れながら、

そう思った。

 

差し伸べた長の手に巫の手がとられた。

藺草の香に加え甘やかな花の香がふわりと神渡を包んだ。

 

 

「巫の後見として鷲羽に仕えんがため、

 興津の信義の証に

 まかり越しました。

 

 名をたづと申します。

 長と巫には、

 これよりわれをたづとお呼びください。

 

 さっそくでございますが、

 奥の間に

 衾を調えてございます。

 

 長と巫の契り、

 恙なく勾玉の意にかないますよう。

 日があの枝にかかります頃

 お迎えに参ります。」

 

神渡は破顔一笑した。

興津の長が聞いたら目をむくことだろう。

だが、

ここは鷲羽だった。

 

「たづ、

 よろしゅう頼む。」

 

たづが艶然と微笑んだ。

そして、

朔夜に向かい居住まいを正した。

 

 

幼い巫は、

今度こそうろたえた。

神渡に並び

たづの主として座ることさえやっとであった。

きっちりと姿勢を正したたづに気圧され

朔夜は神渡を見上げた。

その頭を撫で、

 神渡は足をくずした。

 ひょいと朔夜を膝に乗せる。

 

「たづ、

 朔夜には母代わりが必要じゃ。

 どうであろう?」

 

そして、

たづは膝を進めた。

朔夜の手を取り、

その顔を覗き込む。

その笑みに朔夜がおずおずと笑みで応えた。

 

「朔夜様、

 あなた様は〝たづ殿〟で許して差し上げます。

 わたしも

 館では女の姿にもどりましょう。

 おいしいもの、

 食べさせてあげましょうね。

 安心して頼っていいのですよ。」

 

そうして、

たづは

そっと朔夜に顔を寄せた。

その唇がどう動いたのか神渡には見えなかった。

朔夜の頬が染まる。

 

また花が咲いた。

初々しい白き花弁はほのかに紅を帯びていた。

 

 

画像はお借りしました。

ありがとうございます。

※次こそ小景。

  なかなかたどり着きません。


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