こちらは七夕の記念SSで、お付き合い後の2人です。

こっそりフリーSSにしようと思います。
貰ってやってもいいよと思われる方は、お持ち帰り下さい。強制ではありませんがご連絡を頂けると嬉しいです。

ではでは、どうぞ♪



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「わわ、見て下さい、敦賀さん!天の川ですよ、凄く綺麗…!」

7月7日、七夕の夜。

キョーコは高速を走る蓮の車の助手席に座り、窓から夜空を見上げていた。

奇跡的にお互いが早く上がることができた仕事明けに、蓮が『星を見に行こうか』とキョーコを誘ったのだ。
その言葉により、予定されていたお部屋での七夕デートは、あっと言う間にドライブを兼ねた天体観測に形を変えていた。

毎年恒例のように天気が崩れる7月7日だったけれど、今年は幸運にも晴天で、本番の夜を迎えても雨が降る気配は微塵もなかった。

紺色の夜空に遠く見えてきた星屑の川に、目を輝かせたキョーコが興奮気味に窓に張り付いていると、隣から忍び笑いが聞こえて。
振り向けば、運転席でハンドルを握る蓮が笑いを堪えるような顔で唇の形を歪めていた。

「あ、もう、敦賀さんたら!子供みたいだって思っているんでしょう?」

恥ずかしくなって頬を染めたキョーコが唇を尖らせるのに、目線を正面に向けたまま、蓮は笑顔を残して頭を横に振る。

「まさか、違うよ。君を子供だなんて思ってません。ただ…」
「ただ?」
「犬を助手席に乗せている車を時々見かけるんだけど、ちょっとだけ、その車の運転手になった気がしたよ」
「! そ、それって、私が犬みたいだってことですか!?余計に酷いです…!」
「まあまあ。窓の外を見ながら尻尾を振ってる姿って、凄く可愛いよね」
「も、もう!発想を犬から離して下さい…!」

笑ったままの蓮は、頬を膨らませるキョーコの手を引き寄せ握り締める。

「ほらほら、むくれないで。もう少し走れば目的地に着くから、ね」

指と指が絡んで、掌が重なって。

いわゆる、世間で言うところの『恋人繋ぎ』になった自分の左手を見て、キョーコはほわんと頬を染めてしまう。
手を繋ぐことはいつもだけれど、それでもやっぱり、その行為はとても嬉しいことだった。

互いの温度が伝わって、唇が勝手に綻ぶ。

途端に機嫌を直したキョーコは、

「もう少しって、どれくらいですか?」

蓮を見上げてそう問い掛ける。

「うーん、あと20分くらいかな。綺麗に見えるって、評判の場所なんだって」

今向かっている目的地は、蓮が言うには『天の川が凄く近くて綺麗に見える秘密のスポット』なのだそう。

都内にいては星なんてほとんど見えない。

だから蓮のそんな言葉に、キョーコはとても期待をしていたのだ。

「ふふ、楽しみですねえ。星をちゃんと見るのって、考えてみたら久し振りです」
「そうだね、改めてって言うのは中々ないね」

そんな会話をしながら、繋いだ左手に右手を添え、握ったり離したりと手遊びをしていたら…

笑った蓮に、その掌をぎゅっと握り込まれる。

見上げれば、そこには優しい笑みを浮かべる蓮の綺麗な横顔があって。
その掌に、そして彼の大きな存在感に何とも言えない安堵感を抱えて、キョーコはそっと微笑んだ。

蓮とお付き合いが始まって、半年と少し。

こうして七夕を一緒に迎えることも、星を見に行くことも、初めてだ。
キョーコにとって、蓮と共に初めてを迎えられることが、とても嬉しくて仕方がないことだった。

そうして暫くの後。

高速を降り、少しの間下道を走って山をらせん状に取り巻く道を超えて辿り着いたその場所で、車から降りたキョーコはぽかんと空を見上げてしまう。

「嘘…凄い、綺麗…!」

山の頂上から見た天の川は、高速から見たものとは比べ物にならない位に美しかったのだ。

夜空にダイヤを撒いたような天の川は幅広に繋がり、手を伸ばせば今にも届きそうなくらいに近い位置にあった。
星の瞬きが間近に見え、その煌きの美しさにキョーコは頬を緩めてしまう。

「敦賀さん、見て見て!凄いです…!」
「うん、凄く綺麗だね。空気が澄んでるからかな、星がよく見える」

運転席から回って傍までやって来た蓮も、そんなキョーコに同意する。

そして、

「けど、やっぱり山の上は少し肌寒いね。風邪を引かないように気を付けて、最上さん」

自分の上着を脱ぐと、薄手のワンピース姿で空を見上げるキョーコの肩にそれを掛けてくれた。

蓮の甘い香りが、ふわりと上着からも香って来て…
星に夢中だったキョーコは、不意に蓮に抱き締められる時の感覚を思い起こし、どきりと胸を高鳴らせてしまう。

「ありがとうございます、敦賀さん…でも、敦賀さんは平気ですか?」

鼓動の早くなる胸を抱えながら、シャツ一枚になった彼を心配して見上げると、

「大丈夫。それより、この夜空はお気に召して貰えたかな」

笑みを零した蓮が、キョーコの顔を覗き込んでくる。

期待の篭ったその表情に、キョーコは思わず微笑む。
こういう悪戯っぽい表情をする蓮を、可愛いと思ってしまったのだ。

「ふふ、とっても気に入りました。連れて来て下さってありがとうございます、敦賀さん」

そう言って、今度はキョーコから蓮の手の中に指先を滑り込ませると、目の前の蓮もふわりと微笑む。

「それはよかった。向こうに行くと芝生の広場があるそうだよ。寝転がって星が見えるって」

そして、そう言って山頂の奥を指し示す。
その言葉に、キョーコの表情がぱあっと輝いて。

「素敵!行きたいです」
「だと思った。じゃあ、行ってみようか」

手を繋いでそちらに歩いて向かうと、そこには数組の恋人同士らしき先客がいた。
『秘密のスポット』と言っても、やはり噂は回るものなのだろう。

車を停めた駐車場に数台の車が先に停まっていたことを思い返して、あの『敦賀蓮』がここにいることがバレたらと、少しだけ心配になったけれど…

星を臨む広場は、夜空を綺麗に見せるために照明がぎりぎりまで抑えられていた。
すぐ傍にいる互いの相手以外は見て取ることが出来ないこの場所ならば、まず、見つかる心配はないだろう。

間隔を置いて点在する彼らに倣い、蓮とキョーコも距離を見つつ芝生に腰を下ろす。
2人一緒にころんと横になれば、降り注ぐような天の川が目の前に大きく広がっていた。

迫るような夜空と星の美しさに息を呑む。
キラキラと瞬く星は、宝石のような輝く光を放っていた。

「本当、綺麗ですねえ…この分なら、織姫と彦星は会うことが出来たでしょうね…」

抑えた声で、それでも表情を蕩けさせウキウキと囁くと、隣の蓮が笑を零す。

「君ならそう言うと思ってた。メルヘン思考は相変わらずだね」
「あ、また笑って。馬鹿にしてますね?いいんです、今夜、世の大半の女の子は皆そう思っているはずなんですから」

肩を引き寄せられ、腕枕をされる形になりつつキョーコが言うと、

「女の子だけではないんじゃない?俺だって、彦星については思うことがあるよ」

寝返りを打ちキョーコを見下ろした蓮は、そんなふうに返してくる。

初めて聞く話に、

「そうなんですか?例えば、どんな?」

興味を引かれて蓮を見上げたけど、

「うん、例えば俺だったら、仕事をサボって会っていることが神様にバレて彼女に会えなくなるような状況にはならないように、もっと上手く動くな、とか。会えるのが一年に一度なんて、冗談じゃない。もっとちゃんと上手にやらなくちゃ」

返って来た蓮の現実的な返事に、がくりと肩が落ちた。

「…もう、敦賀さんたら…それって、全然ロマンチックじゃありませんよ…」

思わず期待しちゃったじゃないですか、とキョーコは堪らずぼやいてしまう。
せっかくのシチュエーションなのだから、もう少し素敵な話をして貰いたいと思う。

「いいですか、敦賀さん。織姫と彦星の素敵なところは、それほどまでにお互いを想い合っているっていうところが大事なんです。離れ離れの2人がお互いを想って、一年に一度やっと会えるって言うからこそ、切なくていいんですよ」

蓮とのお付き合いで恋愛思考が見事復活したキョーコが強く力説するのに、苦笑した蓮は、

「でも、想い合ってる男女はやっぱりちゃんと会うべきじゃない?俺が彦星なら、君に毎晩会うのに天の川を泳いで渡るよ」

キョーコの頬に唇を寄せると、そう囁いた。

いきなり触れたその柔らかな感触に、キョーコの頬は瞬く間のうちに夜目にも分かるほど真っ赤に染まる。

「つ、敦賀さんてば…人前ですよ…!」
「大丈夫、こんなに暗いし、皆、星とお互いに夢中だろうから」

そう言われても、恥ずかしいものは恥ずかしい。

照れて熱を持った自分の頬を掌で押さえながら、確かに敦賀さんなら川を渡るとかやってくれそうだわと、蓮の自分に対する行動パターンを掴んできたキョーコはそう思う。

キョーコが絡むと、蓮は途端に手段を選らばない人になるのだから。

赤い頬のまま、キョーコは蓮を上目遣いで見つめる。

そして、

「…そんなことしたら、神様に怒られちゃいますよ?」

悔し紛れにそう言うと、

「そこを上手くやるのが、腕の見せ所だよ。秘密の逢瀬だ、そう言うの君の好きな話じゃない?」

楽しげな目線と口調で返されて、『秘密の逢瀬』と言う心惹かれるキーワードに思わずぐっと押し黙る。

「…確かに…それはちょっと、ロマンチックなお話かもしれません…」
「ほら、やっぱり。君の趣味はホント変わらないなあ」

そう言った蓮の口調はからかうようなものだったけれど、その瞳は優しくキョーコを見下ろしてきていた。
キョーコのメルヘン思考に呆れた顔をする蓮だけど、その実、そんなキョーコに一番ちゃんと付き合ってくれているのも蓮なのだ。

童話の王子様も裸足で逃げそうなロマンチックな演出を、いつもしてくれるのだから。

今夜の星を見るデートも、キョーコの趣味を考えて選んでくれたものなのだろう。
蓮はいつも、キョーコを最優先に物事を考えてくれているのだ。

そんな蓮に、嬉しくなったキョーコはふにゃりと表情を緩める。

「ふふ…私も、私が織姫だったら、天の川を泳いで敦賀さんに会いに行きますね。泳ぐの結構得意ですから」

蓮の肩に額を摺り寄せるようにしてそう言うと、隣の蓮はその額にもくちづけて。

「頼もしいね。でもそういう時は、おとなしく俺が来るのを待っててくれているのが正解だと思うよ。俺のお姫様」

優しい口調の嬉しい言葉に、そして甘やかしてくれる穏やかな空気に、キョーコはとても幸せな気持ちになる。

メルヘン思考に付き合ってくれる優しい恋人の前では、憧れのお姫様にもなれるのだ。


…そうして。


今夜の私と、久し振りに好きな人に会えた織姫とでは、どちらがどれだけ幸せかしら?


隣で自分の身体を抱き込んでくれる蓮の胸に潜り込みつつ、思わず物語の2人と自分達を引き比べて。


…申し訳ないけど、私の圧勝かもしれないわねと、こっそり考えながら…



キョーコは、星降る夜空を見上げていた。



*END*