2を読んだよ!と言う方、どうぞ♪


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キョーコは蓮と並んで挨拶をしてくれるモンスター達にお菓子を配りつつ、2人でロビーに用意されていたハロウィンパーティー用の食事を見て回っていた。

奏江と社の戻りを気にしながら覗いた料理の数々は、ハロウィンにちなんで様々な趣向が凝らされている。

「わわ、敦賀さん、これかぼちゃかと思ったらパンです!面白い!」
「あ、本当だ。へえ、見た目はかぼちゃなのにね」

見た目は完全にオレンジ色のかぼちゃに見える料理は、実はパン生地をかぼちゃの形に形成し黄身を重ね塗りして焼き上げたもので、割ると中から煮込んだビーフシチューがとろりと零れた。

他にもいかにも甘そうに見えた砂糖菓子が、実際食べてみると全て塩を使ったしょっぱいものだったり、串に刺したヤモリか何かに見える怪しげな黒い物体の、その正体はべっこうの飴細工だったり。

驚かせる気満載の料理に笑ったり感心したり、食べて互いの感想を言い合ったり。

相手が蓮だと言うのに、芸能人の集まる中、誰に気にすることなく平素の会話をしているなんて、キョーコにはかなり不思議な感覚だった。

そう言えばと疑問に思ったキョーコは、蓮を窺うように見上げてしまう。

「あの…敦賀さん?こういうパーティーって、他の方に普通のご挨拶をしたり、しなくていいんですか?」
「この格好で、この仮装の中から相手を誰か見分けて?もう、誰が誰かすら分からないんだから、問題ないよ。大丈夫、毎年、無礼講だから」
「あ、確かに…その通りですよね」

先ほどからキョーコも知り合いを見つけようと思って目を凝らしているのだけれど、それが中々に難しい。

先ほど、椹らしき人物を見かけた気がするのだけど、緑のひれを持った半漁人のような仮装に目を奪われているうちに見失ってしまって、本人との確認が結局取れなかった。

「あとで社長には挨拶に行こうか。あの人だけは、どこにいても分かるからね」
「はい。ふふ、相変わらず派手ですねえ、社長さんてば」

蓮の目線の先にいる、大変に賑やかな一団を見止めてキョーコは苦笑を漏らした。

そうして。

挨拶を交わしお菓子を配って歩きつつ、料理を味わっているうちに、気がついたら籠の中のお菓子が後ひとつとなってしまっていて。

そう言えばどうしたのかしら、モー子さんたら。

帰って来るのが随分と遅いわ…
何か問題があったのかしら、私も、部室に行った方がいいのかな?

心許なくなった籠を眺めてそう思い、奏江の姿を探して周囲をきょろきょろと見回していたのだけど…

「そうそう、最上さん?」
「え、あ、はい?」

蓮に声を掛けられて、気が逸れていたキョーコは慌てて蓮を見上げる。

すると、不意に隣から手が伸びて…
籠の中の最後のお菓子を、蓮の指先がひょいと摘み上げた。

「敦賀さん?」

蓮の指先は、摘んだオレンジと黒の包装紙に包まれたキャンディーをくるくると回して見せる。
キョーコが不思議に思って、そんなお菓子の行く先を目線で追っていると。

「そう言えば俺達、ハロウィンの挨拶がまだだったね?」

そう言うなり蓮は、唇の端をふっと引き上げる。

そしていきなり、目に留まらぬ速さでキョーコの瞳を掌で覆い隠すと、その動きでその身をゆっくりと引き寄せて…

「Trick or Treat?」

艶やかな声で、素晴らしい発音で、耳元へとそう囁いた。

何が何だか分からないまま目を瞠るけど、視界は蓮の掌に奪われたままだ。
そして、最後のお菓子も、今は蓮の指の中で。

耳元で蓮の小さく微笑む気配。

次いで頬が感じた、柔らかな感触。

「え…っ、え…ええッ!?」

その感触が離れる際には、ちゅ、と言う、秘めやかな音がして…

「…ッ…!?」

視界が開けた途端、キョーコは勢いよく飛び退いて、頬を押さえたまま驚愕の顔で蓮を見た。

目線の先にはしれっとした顔のフランケンがいて。

ごわごわした質感のその外見は、最前の、柔らかな感触の持ち主とは程遠かった。

でも、だけど、このフランケンは、モンスターの皮を被った『敦賀蓮』なのだ…っ!!

普段の美貌を思い浮かべたキョーコの頬は、一気に熱を孕んで真っ赤になった。

「…つっ、つつ、敦賀さん…!?い、いいいい、今、一体、何をしましたか…!?」
「ん?誰にも気付かれないから、普段、出来ないことをしてみようと思って。例えば、社長の妙な提案に乗ってみたりとか、ね」

ふわりと笑った蓮は、先ほど取り上げたキャンディーをキョーコの掌にぽとりと落として。

「Happy Halloween、最上さん」

そう言ってもう一度、キョーコの赤い頬に唇を寄せた。


キョーコの悲鳴がほの暗い明かりに包まれるロビーに響き渡ったのは、その、直後のことであった。


***


「…社さん。あちらで若干、セクハラ紛いのことをしてるでっかいフランケンシュタインがいるんですけど、あれは、マネージャーとして放置してもいいものなんですか?」
「うーん、キョーコちゃんが本気で嫌がってるようなら強制終了だけど…どうかな?」

そんな、騒ぎ始めた蓮とキョーコを僅かに離れた場所から眺める目線が2つ。

吸血鬼の仮装をしたままの奏江と白衣姿の社が、揃って2人の様子を窺っていた。

先ほど、社の携帯に掛かってきた電話の主は、奏江だったのだ。

『つ、敦賀さんのいたずらはしゃれになりません!!しかも、ずるいわ、私からお菓子を取り上げてからあんなことするなんて…敦賀さんの意地悪…!!』
『君がぼんやりしてるからだよ、最上さん。琴南さんにうかうかしないようにって、注意されたばかりなのに』
『…う…っ、そ、そんなのは責任転嫁です!というか、モー子さんは…!?さっきから帰って来てません…!それに社さんも!』
『うーん、誰か知り合いに会ったんじゃないかな?』

蓮とキョーコの間からは、そんな会話が漏れ聞こえてくる。

「まあ、嫌がっている様子はないですけど…あの様子じゃ進展もしなさそうだわ…せっかく気を利かせて2人きりにしてあげてるって言うのに、敦賀さんたらアプローチの方法が間違ってる。キョーコもキョーコよ、あれじゃいつもと変わらないじゃない」
「れ~ん~…もうちょっとこう、上手く好意を伝える言葉を言わなきゃ、キョーコちゃんには伝わらないってのに…」
「あら社さん、ちょっとくらいの言葉じゃ、あのキョーコには全く伝わりませんよ?」
「うん…そう、そうなんだよねえ…」

そんな会話を交わして、社と奏江はそっと溜息を漏らす。

蓮とキョーコがひっそりと互いを想い合っていることは、本人達よりも傍にいる2人の方がずっとずっとよく分かっていた。

関係を進展させる気がないように見える蓮と、そもそも自分のそういう感情すら受け入れてないらしいキョーコを見ていると、どうにもまどろっこしくて仕方がない。

あの2人の自主性に任せていると、10年経ってもこのままの関係なのではと、社と奏江は本気で危ぶんでしまう。

そうして結託した2人は、こういう機会に何かと押し付けがましくない程度に好アシストを連発しているのだが…

それがゴールに結びつく様子は、今のところ全く見られない。

「そろそろタイムアップかしら…」
「やれやれ…次の頑張りに、期待しますか」

顔を見合わせ、もう一度深い溜息を漏らした社と奏江は、蓮とキョーコのいる場所へと足を向けた。



そうして。

オレンジと黒に彩られ、揺らめくジャック・オー・ランタンの炎に照らし出されたハロウィンの夜は更けて行く。


「あっモー子さん!!もうもう遅いわ!どこに行ってたの~!!」
「社さんも。随分、長い電話でしたね?」


社と奏江を迎え入れながらそんなことを言う、まるで進展を見せない2人の様子を…


くりぬかれたかぼちゃの顔が、まるで笑っているかのように見つめていた。




*END*