時々玄関を開ける瞬間、jillがいる気配がする。
ドアを開けると上がり框(マンションの玄関にはそんなものはないか?)で待ち構え、
「ンニャッ!」と鳴いて(jillはニャーとは鳴けない猫だった)
まるで私のことを帰りの遅い亭主を非難するように短く鳴く。
それは、
「遅かったわね?」だったかもしれないし、
「どこに行ってたの?」かそれとも、
「お腹が空いてるのよ」だったような気もする?
そこでゴロンと転んでこれみよがしに腹を見せて、
さあいらっしゃいとでも云わんばかりに振り向きざまに眼差しを私に投げ、
とっとっと・・・と部屋の奥に誘う。
ベッドに飛び乗ると(jillのジャンプの限界はベッドのマットまでだった)
バフバフといわせながら布団を踏みしだき、

気に入った場所が定まるとそこにクルンと丸くなる。

あぁ・・・ジル・・ジルや・・・

呆けた老人のようにjillの名を呼ぶ。

指の股からはみ出した毛に縁取られた黒い肉球、
ザラついて舐められると痛い舌、
曇りガラスのように曇って見えない左目、
いつもグズグズしていて私の顔の前でくしゃみする鼻、
中途半端に長く柔らかい毛は、
私を落ち着かせもしたけど部屋の掃除も大変だった。
丸まる、伸びをする、眠る、催促する、怒る、動揺する、

狙う、寄り添う、甘える、不安げな、満ち足りた、得意げな・・・

私の知らない何かを見つめているjill・・・




いなくなって2年半が経ちます。
亡くなったのは春の、ちょうどお釈迦様の日の1ヶ月前だった。
今はそろそろ深まろうとする秋なのに、
なぜかジル、ジルのことを思い出します。