○まえがき

本文をある程度書き終えた段階でこれを記している。


僕の持論だが、優れた書き手というのは“いかに限られた語彙や文字数で読み手に物事を伝えられるか”が非常に重要であると考えている。どこかの作家が「素人は文字数を増やそうとすることに苦心し、プロは文字数を減らすことに苦心する」的なことを口にしていた気がするが、まさにこれである。

もちろん、大前提として僕はブログというものを誰かのための言葉で綴らない。あくまでも自己満足。その先に誰かの心を打つならそれで良いし、空振りでも見逃しでも一向に構わない。

というか、そもそも“優れている”ことにこだわるあまり面白味を欠いてしまっては本末転倒だろう。例えば――高級な腕時計を買ったことを周囲に伝えるとする。この時、「高級な腕時計を買いました」「高かったです」「カッコイイです」とだけ言えば、確かに語彙も絞られているし少なくとも難解ではない。だが、これだけを読んで誰が感動するだろうか?

物書きというものの面白さ、そして苦悩はここにある。文章というものに“味”を求めていくと、どうしてもその過程で透明度は下がっていく。せめぎ合う両者の狭間で、自分なりの答えを見つけられた奴は強い。

僕はそうした取捨選択の中で、比較的濁った文章で表現する道を選んだと思っている。一応「何か小難しい漢語とカタカナ語ばっか並べてそれっぽく語るのってダサくないですか?」くらいの反骨精神は残してあるが、基本的には「わかる奴がわかれば良いや」くらいの塩梅である。

だけど、その一方で――心の奥の奥の奥くらいで、ほんのひと握りくらいは、僕が連ねた言葉の羅列が、僕が文章という名前をつけて産み落とした感情の欠片が、顔も知らない誰かに届いて欲しいと思ってしまうのもまた事実だ。僕という人間も、結局は書き手なるものに収斂する。自らが紡いだ言葉で他人の心を打つ快感は、それこそ筆舌に尽くし難い。


――ならば。

誰かに届く文章を書き上げること。

それを是とするのであれば。

これから先に続く文字のカタマリは、僕が理想とする“伝える”手段としてはあまりに稚拙すぎたと言わざるを得ない。共感して欲しい、伝わって欲しい。心のどこかでそう思っていながらも、結局のところ終始一貫して混濁とした井の中を抜けることはなかった。

別に自分が大海を見てこなかったとは思ってないし、臆病な自尊心と尊大な羞恥心から虎に身を堕とすことも危惧していない。書き手としての余分な矜恃なら、これまでの人生でとっくの昔にへし折られている。あぁ、わざわざ「余分な」と形容動詞を挟んだのは、必要最低限かつ飽和量相当の矜恃なら持ち合わせているぞというせめてもの抵抗である。


ともあれ、今回の記事にサブタイトルをつけるなら、『感情と語彙をこれでもかというくらいにこねくり回し、ついに出来上がってしまった難解ポエティックの絞りカス』とでもいったところか。全くもって駄文、駄作である。

しかし、こうして出来上がったものこそが自分の追い求める“誰かのための言葉じゃない”という境地であることもまた事実であり、ともすれば駄作でありながら傑作でもあるという、存在してはならない二律背反を顕現させてしまう。ひと言で言うならば、「駄作ってダサくねぇじゃん」みたいな。これはたった今思いついた言葉遊びだ。もはや救いのない有様である。

既にこのまえがきだけで、並大抵の読み手を退屈させるには充分すぎる代物になってしまった。なので、せめてこれから先に進んでくれる数少ない物好きのために、以下に続いていく本文の要旨を、可能な限り伝わりやすいようにまとめて残しておく。


つまりは好きってこと。




2022年3月27日(日)。

雨だった天気予報は直前に撤回され、当日は快晴――とは言えぬまでも、心地良い陽気の空が広がっていた。薄い雲が太陽を透かし、やわらかな温もりが海沿いの街を包む。山下公園は多くの家族連れやカップル、そして僕らで賑わっていた。

石原夏織ちゃんの晴れ女神話に、新たな一ページが加わった。みたいな。





3年ちょっとぶりの神奈川県民ホール。

緩慢な自分語りは「Vega」の感想で大方済ませて来たつもりなので、今回はサクッと本題に入る。まえがきを加筆したことについて触れてはならない。
相変わらずネタバレ全開なので、自己責任で見て頂戴。



○セットリスト
「Vega」は久しぶりの参戦かつ夜のみ参加ということもあってふわふわした見方になってしまったが、今回は多少なりとも視野を広げることができたと思う。ちょっと本文が長くなってしまったが、解像度が上がったことによる弊害みたいなものなので許して。
ちなみに「/」の左は昼公演、右は夜公演。

1.Diorama-Drama
2.Against.
3.Singularity Point
4.わざと触れた。
5.Plastic Smile
6.キミしきる
7.雨模様リグレット
8.Tast of Marmalade/夜とワンダーランド
9.星間飛行(カバー/ランカ・リー=中島愛)/君の知らない物語(カバー/supercell)
10.キミに空とクローバー
11.Page Flip
12.虹のソルフェージュ
13.Starcast
EN1.Ray Rule
EN2.Cherish
EN3.半透明の世界で/You & I
EN4.Sunny You

6〜10曲目は生バンドによるアコースティックアレンジver. また、EN4.は夜公演のみの実質ダブルアンコール。

前回の「Vega」が織姫を指すように、今回の「Altair」は彦星を指す。ゆえに、「Altair」ではカッコイイ曲が増える――というのが、多くのファンたちが開演前に立てていた憶測である。
Twitter上で開催された1曲目予想で目立ったのは「Ray Rule」「Untitled Puzzle」「Singularity Point」という、1stアルバム『Sunny Spot』に収録されているアグレッシブかおちゃ三連番だった。
ちなみに「かおちゃ」の出処はわからん。何か語感がまるっとしてて可愛いのでたまに呼んでいる。

…が、大方の予想を裏切ってまさかの「Diorama-Drama」で開幕。暗闇に包まれる会場に、Cool & Cuteな歌声が響く。鉄格子みたいな幕が上がると、スリットに身を包んだ夏織ちゃんが登場。
そのまま「Against.」でワンツーパンチを決め、程よく会場があったまったところで「Vega」と同じくダンサー紹介→サイリウムふりふりタイム。サイリウムを煽る夏織ちゃんの「ほい! ほい! ほい! ほい!」が可愛すぎる。ほんの数分前まで華麗極まる美貌で踊っていたのと同じ人間とは思えん。彼女を長年見てきても、未だにこのCool↔Cuteの緩急には揺さぶられてしまう。

3曲目「Singularity Point」のあとで最初のMC。
昼の部では、お天気のおはなし。自他共認める晴れ女だけあって、劇的な逆転大晴天にはご満悦のご様子だった。ドヤ顔かおちゃも可愛い。
夜の部では、「みんなライブ前何してたか当ててあげる」とこれまたドヤ顔で切り出す。どうやら夏織ちゃんの予想では、先日撮影に訪れた中華街に聖地巡礼に行っているファンが8割だと踏んでいた模様。だが、残念なことにその推理は外れ、実際に中華街観光をしていた層はまばらであった(体感だと半分弱くらい)。
これは夏織ちゃんの見通しが甘い。みんな、“行ってない”のではない。もう既に、聖地巡礼型のファンによる“参拝”は完了している。石原夏織ファンは、夏織ちゃんが思っているより遥かに行動力が高いのだ。

6曲目からはお待ちかねのアコースティックタイム。「Vega」ではキーボードだったのが、「Altair」ではグランドピアノに変更。
「キミしきる」では、スクリーンに夏織ちゃんの切なげな表情と併せてやなぎなぎさんによる歌詞が映し出される。どこか疼くような痛みを伴った優しくてやわらかい言葉が、夏織ちゃんの声に乗って僕たちの心臓を優しく突き刺す。
「雨模様リグレット」では、表題曲「Starcast」の裏テーマでもある雨の情景が描かれる。雨に濡れることも厭わないから、今すぐ手に持っている傘を手放して夏織ちゃんを強く抱き締めたいと思った。よく考えたらそもそも雨なんて降ってないし、傘も持ってなかった。
音楽は時として、現実を歪める力を持つ。

カバー曲は昼公演が中島愛さん演じるランカ・リーの「星間飛行」。夜公演がsupercellさんの「君の知らない物語」。
とりあえず夜の部だけでも的中させてひと安心。ぶっちゃけ昼の部はもうちょっと考えれば読めたかなぁ、と悔しい思いもありけり。
「星間飛行」についてだが、昼の部アンコールのMCで「事務所に所属した頃からずっとやりたいと思っていたけど、相応しい時がなかった」「今回のライブテーマがぴったりで、やっと実現できた」と語っていたのが印象的であった。
今となっては「良かったね夏織ちゃん!」で済む話かもしれないが、よくよく思い返して欲しい。ソロアーティストデビュー自体は先日4周年を迎えたばかりだが、夏織ちゃんはそれよりもずっと前から声優アーティストとしてステージに立ち続けている。
…ちょっとこの辺の経緯を詳細に語ると話が重くなりそうなので、今回は割愛。何にせよ、生半可な思いでは成し得なかったことである。夏織ちゃんの願いが叶ったことを、素顔に祝福してあげたい。
夜の部で披露された「君の知らない物語」については色々語りたいことがあるので、後ほどまた改めて。

「Page Flip」では、スクリーンに過去の映像を流して夏織ちゃんと僕たちのこれまでの歩みを振り返る。お前ほとんど参加してねぇだろとか言ってはいけない。これから取り戻すから。

「虹のソルフェージュ」では、思わず涙する夏織ちゃん。
後のMCで夏織ちゃん自らも語っていたけど、曲の印象というものはその時々で大きく変わる。直前の「Page Flip」だって、音源を聴くのと生で浴びるのとでは踊れる度合いがまるで違った。
僕が空けた3年間は一生ものの後悔かもしれないが、オタクのいう一生なんてものは早ければ数日で過ぎ去る。ポジティブに捉えるならば、僕は他のファンに比べて曲を自由に解釈できる余地がたくさんあるということだ。
これからも素敵な曲がたくさん増えていって欲しい。

新曲といえば、4月発売予定の「Cherish」も合計で3回聴くことができた。小気味よいベースサウンドから始まり、冒頭では可愛らしく「C」をモチーフにした振付け。ちょっとつんのめるようなリズム感、間奏の無音地帯、ダンサーズちゃんとのコンビネーションなど、何かと“アガる”ポイントがたくさんあるのも好ポイント。世の中的な事情はあるにせよ、ゆくゆくはアニソンフェスで定番化してくれるスペックを秘めた曲だと思う。

「Vega」の時も触れたように、カップリング曲がアンコールのラストを飾ったのもエモーショナルであった。昼公演では夏織ちゃんが「半透明の世界で」と告げると、会場にはマスクの隙間からかすかなどよめきが漏れた。
夜公演では「Vega」に引き続き、再びの「You & I」降臨。初めて聴いた時は初々しいラブソングといった印象だったが、最後の1曲に添えるとまぁ火力がすごい。会場全体が飛び跳ねたり手を叩いたり、正直夏織ちゃんのライブでオタクがこんなにはしゃぐとは思ってなかった。
とりあえず夏織ちゃん、たくさんシングル発売していつかカップリング曲限定ライブやろうね!

夜公演では実質ダブルアンコールの「Sunny You」。
ライブのテーマとは正反対とも取れる、太陽をモチーフにした楽曲。最終公演の、おまけの1曲にこれが来る…つまりは“夜が明ける”ことで、いよいよ本当に終わってしまうんだな…という寂しさもあった。
けれど、夜が明ければ朝が来る。朝が来れば、未来が開ける。最後の1曲に相応しく、夏織ちゃんのこれからに乞うご期待! と言わんばかりの眩しさで、今回の「Starcast」は幕を閉じた。



○ボーカル・石原夏織
夜公演の後半で感じたことだが、この日の夏織ちゃんは燃えていた。
普段の夏織ちゃんは、割と早め(メロディーがいちばん高くなるよりも前)に裏声で力を抜くような、優しくて少し儚い歌い方をする印象がある。だが、この日はいつもよりももうちょっとだけ地声やミックスボイスを多様して、力強く歌い上げるシーンが多かった。

最初にそれを感じたのは、8曲目の「夜とワンダーランド」。サビ終わりの『輝いてナイトダイバー』というフレーズ。夏織ちゃんの透明感溢れる歌声に、かすかながらもはっきりと輪郭を帯びたエッジがまじる。歌い終わりに伸びる長音では、そのトゲが広がるようにしてホールに吸い込まれていく。
今夜の夏織はひと味違う。予感が確信に変わったのは、次に控えていた「君の知らない物語」でのことだった。

知っている方も多いと思うが、「君の知らない物語」のボーカルは「nagi」――やなぎなぎ、その人である。今回のリード曲である「Starcast」の作詞をした彼女が歌う、星にまつわる恋のうた。それを石原夏織がカバーすることは、もはや必然であったと言えよう。

グランドピアノによる、ライブ専用確定演出イントロが流れる。『勝利』を確信した1階席下手側の何某かが、封じられた声援の代わりと言わんばかりに大きく手を鳴らした。

『いつもどおりのある日の事』
『君は突然立ち上がり言った』
『「今夜星を見に行こう」』

アニソンファンなら、誰もが一聴したことのあるフレーズ。
刹那、僕らは存在しない夏の日を回想する。

『明かりも無い道をバカみたいにはしゃいで歩いた』

偽りの心象風景は、彼女の歌声によって現実よりも鮮明な形を灯す。

『真っ暗な世界から見上げた夜空は星が降るようで』

言葉のひとつひとつが、星の雨になって僕を打つ。
持っていなかったはずの傘が、逆さまに開かれてそれを受け止めてくれていた。

『いつからだろう 君の事を追いかける私がいた』

僕は、どうやって石原夏織ちゃんに出会ったのかを覚えていない。
僕にとって君がどういう存在か。それに気がついた時には、君はもうとっくに僕の心の深いところにいた。
どうして忘れてしまったのだろう。
僕はどうしても、もう二度と思い出せないその瞬間に立ち返りたいと強く願った。

僕の願いを他所に、楽曲は進んでいく。
それはまるで、夜空に輝く星みたいに美しくて。
中心に立つ彼女は、まさに夏の織姫で。

恍惚としかけた脳髄を撃ち抜いたのは、やはり彼女の歌声だった。

『笑った顔も 怒った顔も 大好きでした』

なぎさんのそれとは異なる、切なさという情熱に満ちたメロディー。
心臓に穴を開けられたような衝撃。不意に滲んだ視界は、

『おかしいよね わかってたのに』

あまりにも当たり前の感情で僕を満たしていた。

『夜を越えて 遠い思い出の 君が指を差す』

ぐちゃぐちゃになっていく五感が、世界から彼女以外の全てを奪い取った。
時間が止まったような錯覚が僕を支配して、いつかの星降る夜が脳裏をよぎる。
あの日見上げた星空にも、君がいた。

永遠に続くと思われた、一瞬の静寂。
そして、それを切り裂く彼女の歌声。それはあまりにも、そう――、

『無邪気な声で』

僕はどうしても、もう二度と思い出せないその瞬間に立ち返りたいと強く願った。



こういうポエティックは本来性分に合わないのだが、まぁそれくらい僕にとって大きな意味を持ったカバーであったということだけ強調しておきたい。
その後も最後まで力強いボーカルで、今までとは少し違った魅力を届けてくれた夏織ちゃん。はなまるあげちゃう💮



○石原夏織はすごい!
さて、そういう訳で。
ここまで付き合ってくれた物好きへの恩返しとして、もうちょっとだけ文章の透明度を上げて最後のまとめとしたい。
結局のところ、大概の仕掛けや演出、表現なんかは「石原夏織はすごい!」のひと言で片付けられるのだ。これは夏織ちゃん個人はもちろん、その周りで彼女を支えてくれた「チーム石原夏織」、あとはまぁ僕が空白にせざるを得なかった3年間も絶えずその目で彼女を見守り続けたファンのことも指す。あ、一応僕も現場に行けなかっただけで、CDやBD、配信を買ったりはしていた。心はずっと夏織ちゃんの傍にいたんだから、そこは勘違いしないでよね
突然のツンデレはさておき、うん。まぁ何だ。
夏織ちゃんはすごい!

…。
やっぱり、他人に向けた文章を書くのは僕には難しいらしい。これ以上の恥を重ねる前に、ここらで擱筆するとしよう。
あぁ。最後に、大事なことなのでもう一度だけ。

つまりは好きってこと。