届かぬ願い





「あれ?」


私は酔い覚ましのお茶を二つ手に持ちながら

先ほどまでいた人影が見えないことに気づく。





「京子ちゃんのお兄ちゃん、帰ったんですか?」


「さっきね。騒がしいのがようやくいなくなってくれたよ。」







雲雀さんは縁側に座ってしずかにとっくりを傾けていた。





月明かり(って言っても幻覚だけど)に照らされた彼の姿はまるで役者のようで。


横顔がとてもキレイだった。










「(なんかもうむかつくくらい整った顔してるよね)」



私は思わずため息をついた。










「亜姫。ちょっとここ座って。」


「え?」


「いいから座りなよ。」



雲雀さんはとっくりを置いて自分の隣を指す。


断る理由もないので私は素直に座った。











「・・・ってうわぁ!」








雲雀さんは私が座ると同時に頭を私のひざの上に乗せてくる。



自分の膝に彼の整った顔。



顔がみるみる赤くなるのが自分でもわかった。



















―――これはまさか・・・俗に言うひざまくら!?



















「ちょ、雲雀さん!?」


「僕の眠りを妨げるとどうなるか、君は知ってるよね?」


「はい・・・。」









有無を言わせない彼の言葉に頷くしかなかった。




















「・・・ってもう寝てるし。」










草壁さんがボンゴレのアジトにいる今、

ここには雲雀さんの静かな寝息だけが静かな夜に響いている。







私は彼のそばにいて、彼も私のそばにいてくれる。


これほど幸せなことはなかった。




















「私を一人に・・・しないんですよね?」




















柔らかい髪をなでながらすでに夢の中にいる大好きな彼にそっと問いかける。


そして自分も眠りに落ちていった。























雲雀さん。

私は夢を見ました。

とてもとても幸せな夢でした。

私は雲雀さんの隣にいました。

雲雀さんも私の隣にいました。

夢の中で私は笑っていました。

これからアナタが私の前から消えてしまうなんてことも知らずに。













                  *















目を静かに開く。


雲雀恭弥はまだ少し重い目を動かして辺りを見渡した。









彼女も、今は夢の中のようだった。


















「私を、一人にしないんですよね?」











完全に眠りに落ちる前に聞いた彼女の不安そうな声。










あの言葉に嘘はないし、彼女を一人にする気もない。













ただ、それが今の自分でなくなるだけだ。










沢田綱吉と入江正一の計画にのったのは自分にメリットがあるからだった。









ボンゴレリングを持ち、成長が一番の武器である彼らをこの時代に呼ぶ。









しかし沢田綱吉は笹川京子たちを呼ぶことに最後まで反対だった。





















「京子ちゃんたちはダメだ!」


「でも彼女達は過去の君たちに必要なんだよ!綱吉君!」

















僕はそんなことどうでもよかった。

誰が傷つこうが誰が死のうが僕の知ったことじゃない。







ただ一人を除いて。













「・・・まさか亜姫も呼ぶ気かい?」


「あっ、いや・・・まぁ・・・そうなるかな・・・」


「だったら僕は協力しないよ。

 過去の亜姫をこの時代に呼ぶなんて危険すぎるからね。」


「だから!過去の君を呼ぶんだったら

 過去の亜姫さんも呼ぶべきだって言ってるだろう!?」


「・・・」


「今の君が亜姫さんのことを大切に思っているのと同じように、

 過去の君も亜姫さんが大切なんだ!それが過去の君の強さになる!」








過去の自分も亜姫のことが大切?

そんなことわかってる。



中学生のときからそれは変わっていないのだから。



彼女の存在を脅かすものはすべて咬み殺してきたし、

それはこれからも変わらない。











「・・・じゃあ僕が入れ替わるのは基地へ突入するときだ。

 亜姫は僕の前に呼んでよ。」


「わ、わかった・・・」








そして君はここに来た。


正直、過去の懐かしい君の姿を見れたことは嬉しかった。








「だけど結局、僕は君のもとから離れないといけないんだね・・・」









過去の自分に彼女をまかせるのはかなり癪だ。








これから彼女を守るのは今の自分じゃない。

それが最高に気に食わなかった。




















「にょお~ん・・・」






不意に聞こえた声に体を起こすと

寝ぼけてこちらにヨタヨタ歩いてくる小さなネコの姿が見えた。








ここで鳴かれると亜姫が起きてしまうだろう。









そう考えて雲雀は亜姫の体を持ち上げて部屋へと向かう。
















『こ、これじゃあお姫様抱っこじゃないですか!離してくださいーッ!』









あせる彼女を思い浮かべて思わず頬がゆるむ。




かなり重症だなと自嘲しながら彼女を布団にそっとおろした。

そして彼女の髪をなでる。















幸せな夢を見ているのだろうか。

彼女はかすかに笑っていた。










おそらく彼女は自分の姿が見えないのに気づけば泣いてしまうだろう。










ならわざわざ起こす必要はない。












朝まで幸せな夢を見させてあげよう。


















「そろそろ時間かな。」











数時間後には敵陣が地下に突入する。

それが罠だと知らずに。














雲雀は少し考えたあと、静かに亜姫のおでこにキスをした。












「じゃあね。亜姫。」














しばらく彼女の寝顔を見つめたあと、きびすを返して部屋をでた。







スーツに着替える前にあのネコをボンゴレ側に返そう。




















数時間後、彼はボンゴレのアジトに突入したと思い込んだ

ミルフィオーレの前に立ちはだかる。











「かかったね。弱いばかりに群れをなし、咬み殺される袋のネズミ。」
















                              *



















「ツナくんたち・・・大丈夫かな?」


「ツナさんなら大丈夫ですよ!」


「そうだね!朝ごはん作っちゃおうか!」


「まずは卵を・・・って亜姫ちゃん?」


「おはよう!・・・どうしたの?そんなところで立って・・・」


「・・・」






京子ちゃんとハルちゃんは顔を合わせた。
















「・・・ぅ、うわああああああああああああああ!!!!」


「え!?ちょっと亜姫ちゃん、どうしたの!?」


「なにか悲しいことがあったんですか!?」






泣き崩れる私のもとへ彼女達が寄ってくる。








彼女達に背中をさすられながら私は涙が枯れるまで泣き続けた。




















雲雀さんの、ウソつき。