阿部定の流転の人生は前回書きました。


落ちに落ちていった、阿部定と関係を結んだ、中京商業の校長で名古屋市議会議員であった大宮五郎は、定をまっとうな職業に就かせようと、新宿の口入屋の紹介で、中野新井薬師前の鰻料理屋吉田屋の女中となる。しかし、これが世を震撼させる阿部定事件の発端となって行く

吉田屋の主人、石田吉蔵は女癖が悪く何度も女中に手をつけ、愛人を作るような男であった。「田中かよ」という偽名で吉田屋に女中として雇用された阿部定だが、石田吉蔵に一目惚れしてしまう。二人が男女の仲になるのにはそう時間はかからなかった。二人は家人や使用人の目を憚りながら情事を重ねてゆく

事件の一か月前、応接間で灯りを消して関係をしているところを女中に見られて妻の知るところとなり、二人は家出し、渋谷や多摩川の待合や料亭を転々とする。 しかし6日も経つと金が底をついた。定はひとりで金を無心に名古屋に出かける。旅館の女将は吉蔵に「逃げた方がいい」と勧めた。それほど定の吉蔵への執着は度が外れていたと云う。 阿部定は金策のために大宮五郎と会い、100円をもらって尾久の満佐喜に行き、石田吉蔵と5日間にわたり布団を敷きっぱなしで情痴の限りを尽くす。 そのあと、阿部定は上京してきた大宮五郎と銀座で会って120円をもらう

二人は別れようと中野まで行ったが、やはり別れられず中野の「関弥」で一泊する。翌日やっとの思いで別れたが、阿部定は吉蔵をどんなことがあっても離したくないと思い、中野駅で落ち合い、駅前のおでん屋で酒を飲み尾久の待合、満佐喜に行く

吉蔵が「首を絞めるのはいいんだってね」と言い、二人は性交しながら首を絞めあう。阿部定は吉蔵の首に腰紐を首に巻きつけて締めたり、緩めたりした。それを連夜繰り返していたが、吉蔵が「かよ、かよ」と定の偽名を苦しそうに叫んだことにより定は現実にかえり紐を解いた。首には紐の傷跡が残ったが、吉蔵は「酷いことをしたな」と言っただけで怒らなかった

定は外出し、銀座の資生堂で眼薬と傷薬のカルモチン30錠を購入し、吉蔵を介抱した。吉蔵は「お前は俺が眠ったら首を締めるだろう。今度、締めるときはそのまま緩めないでひとおもいに苦しまず殺してくれ」と言ったという

翌日の朝、定は吉蔵の首を絞めそのまま殺してしまった。定は肉切り包丁で吉蔵の局部を切り取った。翌朝8時、「ちょっと水菓子を買ってきますから。昼ごろまで2階で寝ている旦那を起こさないで頂戴な」と宿の者に言い残し、定は姿を消した。定が逃げ出してから6時間後、吉蔵が死んでいるのが見つかった

血で彼女は「定、石田の吉二人キリ」とシーツと石田の左太ももに、石田の左腕に「定」を刻んだ。宿を出て定は大宮五郎と会って謝罪した。事件を知らない大宮は定がもう一人の恋人を連れて行ったことを謝罪しているのだろうと勘違いして肉体関係を持った

定は買い物をし映画を見た。1936年5月20日に品川の宿(品川館)に大和田直なる偽名を使い宿泊、大阪へ逃亡する予定であった。そこで、彼女はマッサージを受けて、3本のビールを飲んだ。彼女は、大宮五郎、友人、石田に別れの手紙を書いていた。午後4:00、高輪署安藤刑事は偽名で逗留している彼女の部屋に来た。「阿部定を探しているんでしょ?あたしがお探しの阿部定ですよ」と、さらりと言うと逮捕された。刑事達は定の落ち着いた態度に驚いた。

雑誌の表紙にペニスと睾丸を包み、逮捕されるまでの3日間、彼女はこれを持ち歩いた。定は、自分を楽しませてくれた男の局所を切取って、自分の肌から話したくないと考えた。それは、定の男への愛情であると考えた。定にとって「それは、一番可愛い大事なものだから、そのままにしておけば湯棺(納棺する前に死体を清めること。湯洗い。)のとき、お内儀さんが触るに違いないから、誰にも触らせたくない」とのちに供述しているという

「32歳になって、生涯たった一度の恋だったのです。愛情なんて、あれ以来全然ほっているんです。私は今でも満足で、あんなことをしなけりゃよかった、なんて思って無いんです。それを世間じゃ、ただ肉欲だけでしたとみるんです。」
「一度も恋をしなくて死ぬ人だってたくさんいるでしょう?」芸者家業から娼妓生活へ。各地を転々とした後、娼妓から足を洗って働き始めた料亭の主人が、清元の上手な、セックスはなお巧みな、石田だった。石田は定にとって、生涯で初めて「すきになった」人だったという。男をこなすのが商売の娼妓生活の時代に「恋人」など出来るはずもなく、彼女がセックスに快感を覚えたのもかなり遅く、20代も後半、遊女から足抜けして大阪で1人暮らしを始めた頃からだったという。「このときから情事に快感がわき、一人寝は寂しくてなりませんでした」とここでも定は素直に述べているという。

現場の凄惨な写真も今に残されています

(現場写真 画像の閲覧は個人の裁量でお願いします)


人々は興味本位に騒ぎ立てましたが、ふとしたことから転落してしまった一人の女性の愛のカタチがこのような結末になってしまったのでしょうか・・・・・・?

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満佐喜のあった場所


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