そのお店に連れてこられたのは、付き合い始めて2か月目の頃だった。

「俺のお気に入りの場所があるんだ。」

そう言って、夜遅い時間に二人で手をつないで歩いた。

「誰かに見つかったら…」
「大丈夫、もうすぐそこだから。」

駅からほど遠くない場所にある小さな喫茶店。
こんなに駅から近いと、ばれちゃったときどうしたらいいのかしら…

「大丈夫だよ?ちゃんと変装してるし。」

敦賀さんはそう言うけど、190センチもある身長と華のあるオーラは、いくら変装してもごまかせはしないのでは…?
でもコートの中でつないだ手が嬉しくて、つい離せない。
あれこれ悩んでいるうちに、敦賀さんは手を取ったままからんと店のドアを開けて入ってしまった。
手をつないだままなので、そのまま暖かい室内へと連れ込まれる。

「こんばんは、マスター。」
「おお、敦賀君かい。いらっしゃい。お嬢さんもいらっしゃい。」

人のよさそうな初老の男性が、敦賀さんと私を見て柔らかい笑みを頬に浮かべた。

「マスター、この間話してた彼女です。キョーコと言います。」
「うんうん、知っているよ。テレビでおみかけするからね。」
「実物はもっと可愛いでしょう?」
「うんうん、可愛らしいお嬢さんだねぇ。敦賀くんが惚れ込むのもよくわかるよ…」
(ち、ちょっと…聞いててかなり恥ずかしい会話になっているのですが)

あまりの居たたまれなさに敦賀さんのコートを空いてる手でツンツンと引っ張る。

「ん?あ、マスター。彼女にはカフェオレをお願いします。」
「うん、わかったよ。」

レトロな雰囲気の食器棚から、白いカップを二つ出すと、マスターは棚の隣のエスプレッソマシンに向かった。
敦賀さんは私をカウンターの一番奥に座らせ、自分は隣に座る。
入り口からは私が見えないようにしてくれる。

「ここは客も落ち着いてるし、マスターがとてもいい人なんだ。リラックスできるよ。」
「確かにいいですねー。あそこの天使の置物とか、雰囲気にピッタリですね!」
「くす…気に入った?」
「はい!」

いつもはどうしても仕事の話になってしまうけど、今日はこの店内の家具の話やマスターの話になる。

(確かにお気に入りの場所になるの、わかるかも…)

穏やかなマスターと、どこか懐かしさを感じさせるレトロで温かな雰囲気の店内。
耳に馴染むジャズとコーヒー豆の香ばしい香りが、温かな室内全体を漂っていて…自然と心が和む。

「はい、おまちどうさま。じゃあ私は向こうにいるからね?」

カップを私たちの前に置いたマスターは、カウンター前に置いていた分厚い本を持つと、店舗の奥へと行ってしまった。

「ん…美味しい!」
「そう、それは良かった。」

甘さと苦さが絶妙なカフェオレ。
思わず一気に半分くらい飲んでしまう。
隣でにっこり微笑む敦賀さんを見ると、敦賀さんはカップをくるうりとゆっくり回していた。

「…敦賀さんのは何ですか?」
「ん?エスプレッソだよ…飲むのも好きだけど、ここのは色も綺麗だからね。」

そう言って敦賀さんはまた一周くるうりと、カップをゆっくり揺らす。
ゆらりと揺らめく黄金色の泡に、目が離せなくなる。

「一口もらえますか?」
「いいけど…俺は砂糖も何も入れないから苦いかもしれないよ?」

興味があった。
敦賀さんが好きな味に…
カップを受け取り、口に付ける。
途端に広がる濃い苦味。

「わっ!苦い…っ」
「うん、さすがにキョーコには苦いと思うよ?ああ、口直しに水もらう?」

慌ててカップを取り上げられて、少しムッとした。
私はいつまでお子様扱いなの…!?

「いい!平気…っ。だってこれが、敦賀さんの好きな味なんでしょ?」
「キョーコ?」
「私だって飲めるもん。子供じゃないもん…っ」

何となく自分で言ってる事がおかしく思えて、恥ずかしくてそっぽを向いた。
すると敦賀さんの手が頬に伸びてきて、するんと一撫でされて顔を敦賀さんの方に向けさせられた。
敦賀さんの熱い視線が、まっすぐ私に注がれる。

「別に子供だなんて、一度も思った事はないけど…?」

火傷しそうなその視線に固まっていると、そっと唇を合わせられた。
ふんわりとマシュマロのような柔らかさ。
それとほのかに広がる苦い香り。
まだ数度しか触れた事のない唇は、今日はお互い同じ味。

「……うん、キョーコはやっぱり甘い方が似合うね。」

唇をそっと離した敦賀さんはそう囁いた。

「…私は敦賀さんと同じがいい。キスも苦くていいもん。」
「そう。…じゃあ、もっと苦いキス、しましょうか?お嬢さん……」

もう一度唇が近づくと、今度は角度を変えて何度も啄まれる。
同じようにするのかと思って開けた、僅かな隙間に舌を差し込まれ…
深くて苦味を増す、キスになった。

濃くて苦い…だけど不思議と甘さも感じるそのキスに、私達は場所も忘れて何度もキスをした。



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あ、ちょっと長くなっちゃった☆
〈PAST〉は何でキスの味になったかというお話。
おかしいな、もっと店内の説明とか入れたかったけど、いれたら収拾つかなそうだ。
まだまだだな、自分。