(伏見稲荷大社楼門の狐像)


午前1時半。

私いつものように夜中の伏見稲荷大社の楼門の前に立っている。 これからまた未明にかけて稲荷山を徘徊するつもりだ。 ここ数年間は毎月2-3回の割合でここに通っている。 しかし、あの体験をするまでは月に一回か2-3ヶ月に一回来る程度だった。

話は3年前の初夏に戻る。 その夜の稲荷山はいつものとは違って非常に物々しい雰囲気であった。

「何あったのですか?」

顔見知りの警備員に尋ねたところ、その夜は境内に猪が大量に発生し事故防止の為に本殿付近含む稲荷山全体を入山禁止にしたとのことだった。 ただ夜間撮影の常連であった私は自己責任という約束で特別に許可をもらって登山を開始したのであった。 そうして、誰もいない夜中の稲荷山中腹で彼女にあったのだった。 マスクをしていたが美しい切れ長の瞳にその時は猫だと思っていたが今考えると数匹の狐を春属にした少女であった。 二言三言私は彼女と話したが、すぐに登山と撮影を再開し彼女と別れた。 だが、数メートル進んだのちにやはり彼女のことが気になり、すぐに彼女のもとに引き返したのであるが、まるで蒸発でもしたかのように彼女の姿は消えていた。 ほんの数分の話である。


以来、私は以前にも増して繁く夜中の伏見稲荷大社に通っている。 きっと彼女に会える気がしたからだ。 この3年間私はずっと彼女に恋をしてきたのだろう。 そして、今宵も3年前と同じく稲荷山に猪が大量発生しており、私は彼女に会える気がしたのだった。 警備員からは今夜だけは止めたほうがいいと登山禁止の警告をうけたが、もう後には引き返せない。私は入山禁止の柵を越え登山を始めた。 稲荷山中腹の手前に差し掛かったとき、参道の脇に人影が見えた。 間違いない、彼女だ! 私は彼女に話し掛けた。

「ずっとあなたに会いたかったのです。」

「この数年間私はあなたの側にいて、いつもあなたを見守ってきましたよ。」

「・・・やはりそうでしたか。 私もなぜかいつもあなたを身近に感じていました。」

「足繁くここ伏見稲荷大社に通ってくださるあなたのお志を愛おしく感じておりました。」

「・・・あなたは誰ですか・・・?」

「私はこの社の神です。」

「・・・やはり・・・そうでしたか。」

私は私の想いを彼女に・・・いや神に伝えた。

彼女は答えた。

「本来、神と人とは実際に交わることはできないのですが、或る二つの条件を満たせばそれは可能です。」

「その二つの条件とはなんですか?」

「あなたの全てのこの世での生業を捨ててこの社に仕えること、そして・・・」

「そして?」

「稲荷を信じない哀れな人間を一人だけ夜中の伏見稲荷大社に連れてきてください。」

「それでその人はどうなるのですか?」

「神通力によって狐像に姿を変えさせ生涯この社を護っていただきます。」

私は彼女との再会を期して家路を急いだ。 帰宅後、私は広島の或る友人に電話をした。

「もしもし、村上さん。 今度いつ関西に来るんだっけ? 前から行きたがっていた夜中の伏見稲荷大社を案内するよ。」

私は彼女を狐像にすることを決意した・・・。


おわり。