(稲荷山長者社/伏見稲荷大社)


午前8時半。

ここ伏見稲荷大社には今日も早朝から内外から多くの人々が参拝に成いは観光にやってきている。 そんな中に、或る高校生らしきグループがいた。 彼らもまた観光目的でここにやって来たようだ。 本殿から千本島居を経て稲荷山を観光するらしい。 彼らは歓声を上げながら楽しげに登山を開始し、やがて中腹の四つ辻到着した。そこの茶店にて名物の甘酒に舌鼓を打ち、そこから展望する京都市内の光景にいたく感動したのだった。

(稲荷山四つ辻)


 彼らは更に稲荷山の奥地へと探検することにした。 稲荷山を徘徊しているうちに彼らは御購谷と呼ばれる場所に到達した。 夜中には恐ろしく行けない御膳谷も昼間ならちょっとした森林浴気分で行けるのだ。 高校生のグループはその御購谷で不気味な老人に出会った。 その老人は昼間でも海暗いその御購谷で、一心不乱に狐像を磨き、下着を付けさせ、化粧を施していたのである。 高校生の一人が老人に尋ねた。「おじさん、こんなところで一人でいったい何をしているんですか?」

老人は答えた。

「この夥しい数の狐像の中にわしの妻がどこかにきっとおるんじゃよ、わしはそれを探しておるんじゃよ、へへへへ」

男は数十年前に彼の妻が伏見山中で消息を絶ったこと、ある男から、彼の妻はそこで孤像に変えられてしまったことを聞いたことなどをたどたどしく話した。 高校生たちはその老人はきっと精神を病んでいるのだろうと気味悪がり脱兎のごとく老人から逃げ去り下山することにた。下山途中、彼らは美しい女人を引き連れた神職に出くわした。そうして、その神職に彼らが遭遇した薄気味悪い老人の話をした。 神職は言った。

「その老人の話は本当のことなんだよ。」

神職は高校生たちに夜中の伏見稲荷大社に伝わる物語、特に或る青年が夜中に美しい神様に出会い、やがてその神様と相思相愛の仲になったこと、更には稲荷を信じなかった一人の中年女性が狐像にされてしまった伝説などを話して聞かせたのだった。 高校生グループの中の少女が神職に尋ねた。

「その神様と相思相愛になった青年、中年女性を狐像にした青年はその後どうなったのですか?」

神職は静かに笑みを浮かべながら答えた。

「その青年なら、今、君たちの前にいるよ。」よく見ると、神職が連れていた美しい女人にはその背後に夥しい数の狐の眷属が付き従っていたのだった。 自分たちも狐像にされるのではないかと恐れおののいた彼らは我れ先にと下界に向かって逃げ去って行った。

もしあなたが稲荷山で狐像を磨いている老人に出会ったらこの哀れな伝説を思い出して欲しい・・・。


おわり。