201996日金曜日、午後23時。


私はいつものように夜中の伏見稲荷大社に来ている。 通常は0時半ぐらいに到着するよう自宅を出発するのであるが、今宵はいつもより約1時間半早い現地到着だ。 これには理由がある。 実は、今回のテーマは本年の7月に実施した伏見稲荷大社・稲荷山の秘密のパワースポットである大岩大神に再び訪れることなのだ。 この大岩大神への参道は伏見稲荷大社の著名な千本鳥居を抜け、稲荷山への参道に入ってすぐにある伏見神寶神社を経由する行者道を通ることとなる。 行者道踏破はその名のとおり稲荷山難行中の難行である。 それは「暗い」「怖い」「きつい」という3Kへの挑戦でもある。 「暗い」=行者道は表参道とは違い街灯などが皆無にちかく暗黒の世界である。 「怖い」=行者道は選ばれし者のみがアプローチでき魔物との遭遇が必定の非情な参道である。 「きつい」=目的地の大岩大神からは秘密道に進入し稲荷山山頂を目指すのであるが表参道とは違い勾配が殆ど垂直にちかい絶壁であり生命の保証はできない行場である。 大岩大神からはその絶壁のルート以外に獣道を進むルートもあるが夜間にそのルートにアプローチして生還した者はいない。 そのような難行中の難行であるので、不覚にも私は怖気づいてしまい前回のアプローチでは黎明の時間帯を選んだのである。 しかしながら、その後深く反省し自戒の念を込めて今回の再挑戦となったのだ。 己の障害となり己を縛り付けるのは己の中の恐怖心であえる。 その恐怖心を克服すれば万物と調和でき真実の自由が得られよう。 今般はそんな私の自分への挑戦の記録なのだ。

(行者道はこのような暗黒世界だ。)


先ずはいつものように、私は当直の警備員にイノシシの出没状況を尋ねた。


警備員「いつもご苦労様です。 熊鷹社の辺りに子供のイノシシが目撃されていますので気を付けてくださいね。」

私「大丈夫です。 今宵はその方面には参りませんから。」

警備員「えっ? 今日は稲荷山登山をしないのですか?」

私「今宵は伏見神寶神社から行者道を経て大岩大神に立ち寄り、その後山頂に向かいます。」

警備員「うっくっ! なんですと? 止めなはれ、悪いことは言わん。 表参道では運が悪ければイノシシに遭遇するかもしれません。 だが、行者道では必ずイノシシに遭遇するでありましょう。 この時間の行者道は魑魅魍魎(ちみもうりょう)の迷宮です!」

私「いいえ、私は行者道に「行く」のではなく「導かれ」るのです。」

警備員「そこまで覚悟されているのならもはや私は何も申すまい。 どうか本懐を遂げられてください。」


私は警備員に見送られて行者道に入って行った。 だが、後悔するのにそんなに時間は掛からなかった。 足を一歩踏み入れたそこはまさに暗黒の世界だった。 一瞬怯(ひる)んだ私であったがすぐに思い直した。 


「恐怖は私の目の前にあるのではなく、私の心の中にあるのだ。」


強い信仰心があればいずこに魔物ありや!? 私は後ずさりすることなく一歩一歩粛々と前進を開始したのであった。


(伏見神寳神社の灯りが見える)


行者道を100メートルほど進むと「かぐや姫」ゆかりの伏見神寶神社(ふしみかんだからじんじゃ)が現れる。 そこから先が暗黒の世界であり、表参道とは違い他の訪問者に遭うこともない。 本来は数メートルごとに街灯が設置されているはずなのだが、台風による断線の影響なのか、はたまた金銭的な理由なのか、数えるほどしか街灯がない暗黒道なのだ。 行者道は別名お滝道とも呼ばれ、その名のとおり参道の要所要所に滝行の為の行場が設けられている。 行場には若干の照明が灯っているが暗黒世界を照らす程ではない。 暗黒の山を越え丘を越えやがて大岩大神へのアプローチに到着した。 だが、私はそこで奈落の底に突き落とされた。 大岩大神への行者道は当然に先述のごとく街灯一つない暗黒の世界であることは覚悟していた。 だが、目的地の大岩大神だけは稲荷山の他のスポットと同じく照明が赤々と輝いていると期待していたのだ。 だが、頭上遥かに仰ぐ稲荷山中腹の大岩大神に照明が灯されている気配はなかった。 だが、もはや私に恐怖心はない。 前進あるのだ。 私は懐中電灯を頼りに一歩また一歩と目的地への暗黒の階段を上がって行った。 やがて目的地に到着したが、そこはやはり暗黒の世界であった。 私は邪気を払うために早速に蝋燭を灯して回った。 そうして、暗黒世界に蝋燭の淡い光に浮かび上がったそこは、まさに伏見稲荷大社・稲荷山の秘密のパワースポットである大岩大神であった。 私は蝋燭の灯り以外に照明のないその場所で休息を取りながら、この難行を満行できた法悦を感じ、この場所を独り占めできている優越感にも浸っていた。 

(暗闇の中に浮かび上がる大岩大神)


まだ最後の挑戦が残っている。 行者道からの稲荷山山頂へのトライだ。 カラスによる悪戯防止のため蝋燭を消灯し、私は獣道ではなく稲荷山断崖絶壁を一気によじ登るルートを取ることにした。 一旦、大岩大神から末廣滝まで行者道を降りた私はそこから一気に山頂に向かっての登山を開始した。 ビルで言えば5-6階の高さである。 だが、暗闇のその登山道はまるで天国への階段の如くに登っても登っても頂上が見えない永遠の苦行のように思われた。 だが、朝の来ない夜はない。 やがて見慣れた鳥居が続く参道が眼前に現れた、 表参道だ! 私は一気にその表参道を山頂に向かって駆け上がりそして山頂である一ノ峰に到着した。 そうして私はその社の前で一瞬力尽き座り込んでしまったのであった。 そうして噴き出た大量の汗を拭いながら呟いた。


「よく今回の難行を満行できたものだ! 私は自分で自分を褒めてあげたい・・・。」


今夜、私は確実に一段上のステージに上がれたと感じたのであった。




(画像処理をしていない大岩大神の実際の明るさ)


一ノ峰で小休止した後に私は逆回りで稲荷山中腹である四つ辻に向かいそこで夜明けを待った後に下山して帰宅の途に就いた。


 終わり。