(夜中の千本鳥居)

伏見稲荷大社の背後に聳(そび)ゆる霊山(れいざん)である稲荷山には七大暗黒道と呼ばれる修行道がある。それらの参道は昼間ならば風光明媚(ふうこうめいび)な参拝道でもありトレッキングコースであるだろう。だがそれらの参道の昼間と夜間の様相(ようそう)は全く相違(そうい)する。神社の聖域(せいいき)そのものが昼と夜では主(あるじ)が入れ替()わるのである。曰(いわ)く、昼の神社は神の在所(ざいしょ)、夜のそれは悪鬼の棲家(すみか)である。その夜間、草木も眠る「丑三つ時(うしみつどき/午前2時半頃)」に稲荷山の暗黒道を巡(めぐ)るのが修行の目的であり、又の名を稲荷山幽界回峰行(いなりさんゆうかいかいほうぎょう)とも言う。以下、難易度(なんいど)が低い順番に説明する。

(荒神峯/獄門峠からの夜景)

①獄門峠夜景コース

稲荷山の中腹であり四ツ辻に本殿方面から辿(たどり)り着いて左方向の昇天道の石段を田中社権太夫大神(たなかしゃごんたゆうおおかみ)の社に到達する。その背後にある鳥居塚の幽界迷路を最深部に暗黒道が口を開いている。その暗黒道を進むこと約20メートル、展望所である獄門峠/荒神峰に到達する。その20メートルの暗黒道には外灯はなくその距離の短さからも暗黒道初心者に最適である。

(蛇の頭の形をした白瀧)

②白瀧ギロチン坂コース

上記①の獄門峠の奥に暗黒の拷問坂がある。その拷問坂の石段を降ると延命地蔵菩薩の祠(ほこら)がありその前に白瀧へと向かうギロチン坂が口を開けている。白瀧と書かれた看板や旗が林立しているので道には迷わないはずだ。ここも初心者コースだ。

(清瀧の行場)

③清瀧暗黒道コース

四ツ辻の正面に見える下り坂は掟破りの稲荷山逆登山道コースだ。その発狂道を進むと逆さ稲荷像で有名な眼力社を経て御膳谷に至る。夜間にはオレンジ色の外灯に照らされる御膳谷死神広場に到達すると正面に薬力社へと至る呪い坂、左手には暗黒の堕地獄道が見える。堕地獄道を降ると清瀧に至り通常は清瀧へはこの道を降るのであるが今回はとりあえずは呪い坂を進み吸血鬼峠を経て吸血鬼坂を降り薬力社にある薬力茶屋を目指す。薬力茶屋に着いたならば同茶屋左側の失禁坂を降り進むと暗黒の冥府魔道の入口に達する。その暗黒道を降り悪霊橋を渡り地獄谷を越え獄殺橋を渡ると左方向の御膳谷から伸びてきている堕地獄道に遭遇する。その堕地獄道の終点が清瀧だ。復路は清瀧から真っ直ぐ堕地獄道を上がり御膳谷を目指すとよい。

(大岩大神)

④大岩大神行者道コース

本殿の左側をすり抜け有名な千本鳥居をくぐり抜けた先に奥社奉拝所がある。その左手には稲荷山への参道が口を開いているがその幽界道を数メートル進むと左側に「根上の松(ねあげのまつ)」がある。そしてその向側には右手後方へ山道が口を開けている。それが大岩大神へと向かう行者道だ。その山道を約150メートル進むと左側に伏見神寳神社(ふしみかんだからじんじゃ)が現れる。そのまま行者道を道なりに進むとやがて「弘法ヶ瀧」「青木ヶ瀧」が現れ一旦山道から市道に出た後に「七面ヶ瀧・鳴瀧」を経て「白菊ヶ瀧」に到達する。その白菊ヶ瀧の前の山道を登ると「御剱ヶ瀧」「大岩大神方面と稲荷山/残虐坂方面への分岐点」を経て「末廣ヶ瀧」に到達する。この分岐点を大岩大神側(右方向)に進むと程(ほど)なく左手に「末廣ヶ瀧」が現れる。その末廣ヶ瀧を通り越して石段を最後まで上がり切った最上階に大岩大神の拝殿がある。必ず石段を上がるのであって山道には進まないこと、それは罠(わな)だ。また、この末廣ヶ瀧周辺には鬼婆(おにばばあ)が出没するという伝説があり昼夜を問わず静かに行動することが肝要(かんよう)だ。この大岩大神からは拝殿左方向の悪霊坂から叫喚道(きょうかんどう)並びに安楽死道を経て、或()るいは一旦先程の稲荷山・大岩大神の分岐点まで降り末廣ヶ瀧の裏側の残虐坂を登り安楽死道を経て一の峰に到達することが可能だ。この④の暗黒道は中級コースである。

(清瀧から白瀧への無間地獄道)

⑤清瀧から白瀧ショートカットコース

清瀧と白瀧は暗黒の無間地獄道を通じて地獄で繋(つな)がっている。清瀧からは無間地獄道を経て幽霊坂を上がって白瀧へ到達する。逆に白瀧からは幽霊坂を降り無間地獄道を経て清瀧にいたる。清瀧または白瀧への行き方についてはそれぞれの記事を参照してされたい。このコースからは外灯などは一切ない大暗黒道なので踏破(とうは)にはそれなりの覚悟が必要だ。

(一の峰から数メートル降った場所にある安楽死道)

⑥一の峰から大岩大神安楽死道コース

稲荷山山頂一の峰から安楽死道に入り大岩大神を目指す上級者コース。コースの詳細についてはそれぞれのブログを参照されたい。

(後ろは稲荷山、右方向は大岩大神、直進すれば地獄道)

⑦稲荷山地獄道最上級者コース

稲荷山の山科方面に稲荷山入山口があり、そこから稲荷山一の峰を目指すコースだ。この山道には全く外灯の類(たぐい)はなく一の峰までは暗黒世界だ。そもそも俗人(ぞくにん)にして真夜中の侵入を想定されていないのかも知れない。多少目的地までの山道は曲線を描いているとはいえ殆(ほとん)ど一本道なので度胸と幸運があれば踏破できそうだ。だが、真夜中のこの地獄道には様々な罠(わな)が用意されている。獣道(けものみち)及び幽界(ゆうかい)並びに異次元(いじげん)への出入口が獲物(えもの)が迷い込むのを待っているのだ。また、既に廃社となった神社が夜中には拝殿を魔力により再建させ灯りをつけて犠牲者が来るのを待っているという。更には魑魅魍魎(ちみもうりょう)が民家を幻出(げんしゅつ)して酒色(しゅしょく)で人を誑(たぶら)かすともいう。またその山道そのものにも何百年もの間に地獄道踏破(とうは)を目指して非命(ひめい)に斃(たお)れた者どもの恨(うら)みや嘆(なげ)きや血と汗が染()みこんでいるに違いない。このように非常に恐ろしい究極の暗黒道である。

(熊鷹社拝殿)

✳︎文中に登場する安楽死道や堕地獄道、地獄道等のおどろおどろしい地名はその場の雰囲気から筆者が任意につけた地名であり実際にそのような地名があるわけではありません。