令和3年(2021年)10月2日午後23時。

私はまたも夜中の伏見稲荷大社楼門の前に立つ。今宵もまた明朝4時頃まで稲荷山の山中で撮影に没頭する。後述するが今回は非常に愉快な稲荷山徘徊であった。先ずは伏見稲荷大社本殿横の警備哨所へ行き当直の警備員から最近のイノシシの出没情報のレクチャーを受ける。

警備員からの情報によれば、引き続きイノシシの駆除は実施しているが繁殖力の強いイノシシの完全駆除には至らず若干のグループが稲荷山の特に昨今は麓(ふもと)付近に出没しているとのことだった。別ブログでも記述したが本年6月には稲荷山ニノ峯付近でイノシシを目撃しており、今や稲荷山全山にわたってイノシシが棲息し餌を求めて徘徊している感がある。

さて、とりあえず本殿付近や三ツ辻までの撮影を終えた私は午前1時半頃には稲荷山中腹の四ツ辻に到着し休憩することにした。すると、やがてにぎやかな歓声が聞こえてきた。小学生の軍団が私が休憩する四ツ辻に登ってきたのだ。地元からやってきたという男女合わせて40名ぐらいの人数だった。私は彼等と談笑したが、彼等は私の話す稲荷山の因縁話を夢中になって聴き入った。そうして今から稲荷山第二暗黒道を踏破し白瀧から清瀧に向かうという私について行きたいと彼等は私に懇願した。丁度そのころ四ツ辻にやってきた東京から出張で京都に来たついでに稲荷山にやって来たという2人組の青年も加わり皆で第二暗黒道を征くことにした。稲荷山第二暗黒道とは清瀧と白瀧を繋ぐ山道のことであり無間地獄道と称される暗黒の道だ。東京から来た青年たちは問題ないがきっと小学生には無理だと思ったが彼等にとって怖い想いは良い経験にはなるだろう。

(イノシシが足元を擦り抜けて行った白瀧に向かうギロチン坂)

私たちは四ツ辻から権太夫大神に向かって解脱道を登り、幽界迷路を通り抜け、獄門峠をへて拷問坂を下り、更にギロチン坂を下って白瀧に向かった。

すると私のすぐ後ろを歩いていた東京の青年の一人が私に向かって叫んだ。

「イノシシです!気をつけてください!」

すると私の身体の左側を体長70kg級のイノシシがしれーっと威嚇の啼き声も発せずに無言で通り過ぎて行ったのだ。一瞬イノシシと眼が合ってしまった。私と青年たちは後ろの方の小学生軍団に大声で注意を喚起した。彼等も少しパニック状態になったようだ。私も何回も稲荷山でイノシシを目撃したが威嚇音を発しない無口のイノシシに遭ったのは初めてだった。

これを考察するに思い起こされるのは稲荷山に住む猫たちだ。以前から稲荷山には伏見稲荷大社本殿周辺も含めて野良猫が多数棲息している。伏見稲荷大社訪問者は彼等を撫でて可愛がり餌を与える。訪問者の中には猫に餌を与えるのが目的の方々も少なくない。常に空きっ腹を抱えているイノシシはそんな猫を草葉の陰から観て羨ましがり、そして学習したのではあるまいか。

"人間に敵対して威嚇するのは止めよう、猫のように人間に愛されれば苦労しなくても餌にありつけるのだ!"と。

それならばそれでも良いが、先ずはイノシシも猫と同じように身だしなみを気にすべきだ。なんせイノシシは数メートル先に近づいきただけで獣臭が漂うからだ。それが改善できればイノシシは愛嬌のある風貌をしているしその子供であるウリボウは猫に負けずに可愛いものである。今後の彼等の学習能力と切磋琢磨に期待する。

さて、そうこうしている内に私たちは白瀧に到着した。だが、問題はここからだ。ここから先の暗黒道に小学生軍団が立ち向かえるか? 案の定、彼等の先頭を進む私たちの後方から悲鳴にも似た叫び声が聞こえる。

"イノシシだぁ!蛇が出たぁ!おじさん達はどこぉ?幽霊が現れたぁ!うわー!きゃー!"

普段は静寂が支配する稲荷山の聖地の谷間に阿鼻叫喚音がこだまする。やがて辺りがいつもの静寂が支配するようになった。どうやら小学生軍団は逃げ帰ったようだ。災難だったのは私に付き従った二人の東京からやって来た青年だ。聞けば本来は今日は5時起床で仕事に向かうはずだったとの事。もう午前2時を回っている。しかしながら、生まれて初めて伏見稲荷大社及び稲荷山を訪問した彼等は通常では体験できない経験を得ることができて非常に感謝してくれ、去り際には何度も会釈してくれた。それはさて置き、このまま私たちは白瀧を後にして幽霊坂を下り無間地獄道を清瀧に向かった。東京から来た青年たちは深夜の山中のマイナスイオンの心地良さに感動していた。清瀧から堕地獄道を御膳谷に向かい発狂道を私たちが出逢った四ツ辻に向かう。そして四ツ辻に到着したのは午前3時を回っていた。もちろん例の小学生軍団ももはやそこにはいなかった。そうして東京から来た青年たちは何度も私に案内の礼を述べて京都市内の宿泊先に帰って行った。

今宵、70kg級の大イノシシと遭遇したことはビックリだったが先述のごとく人間を威嚇することなく私たちのすぐ側を通り抜けて行ったことも驚きだった。思わず頭を撫でてやろうと思ったほどだ。次回は餌でも与えてみようか⁉︎ いや、止めとこう。餌付けされたイノシシが増えると伏見稲荷大社の夜間当直の警備員の方の仕事が増えてしまう。確かに警備員の方が言われていたようにイノシシが大量発生しだした3-4年前は境内がまるで動物園(イノシシのサファリパーク)のようだった。あの頃は稲荷山や千本鳥居付近への夜間立入禁止措置がよく採られていた。なかなか野生動物と人間の共存は難しいものだ。

私の伏見稲荷大社及び稲荷山の夜間徘徊撮影とイノシシ観察はこれからも続く。


おわり。