不老長寿、

という誰もが願うであろう幸運を射止めた上に、

それもずっと子供だったり、

ずっと老人だったりすわけではなく、

若くて美人なんていう、この上ない条件なのだが、

映画の中のアデライン(ブレイク・ライヴリー)は、

決して幸せではない。

 

 

歳を取らないことを怪しまれて、

FBIに追われ、

ついには10年毎に名前を偽り、

誰も知らない町を転々とするような生活を強いられていた。

 

ああ、確かになるほど、という気がする。

友達をつくっても、

恋をしても、

その関係が長く続けば続くほど、

深く愛せば愛するほど、

別れがつらくなることを知ってしまうと、

そういう関係を遠ざける生き方をするのだろう。

 

恋も友情も、

永遠でないからこそ、

永遠という言葉が使える。

もしも本当に永遠に続くとしたら、

人はきっと結婚なんてしないだろうし、

永遠の愛を誓ったりもしないんじゃないかなと思う。


少なくとも、

一度や二度はあっても、

永遠の命において、

そう何度も同じように出来るほど、

あつかましくはなれない、気がする。

(ま、多分、十回くらいはやるだろうけど)

 

アデラインが辿った閉ざされた道は、

昔の恋人とその息子によって開かれる。

 

面白いと思ったのは、

時間が動き出す、ということを、

一本の白髪で表現していたことだ。


一般には、落ち込んだり、

寂しくなったりする事象を、

「喜び」として感じるシーンに、

生きて、そして老いてゆくということが、

実は幸せのひとつなのだということに気づく。


それはとても不思議だけれど、

納得感のあるラストシーンに仕上がっていたと思う。


老いることも、

そしてその先にある死というものも、

実は怖くなんかないんだと。

 

 

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