本作に映されている永井荷風自身。

恐らくとてつもなく恥ずかしいことを打ち明けるが故に、

ご丁寧にも作中で更に同様のモチーフの物語を重ねる。

 

50代も後半。

65歳までは働かざるを得ない現代とは異なり、

昭和初期の平均年齢から鑑みれば明らかに晩年だ。

それでも恐らくは若作りでもあったのだろう。

歳を明かさなければ40代に見えたという記述からも、

当人もそれを意識していたに相違ない。

そういう人は気持ちも若い。

 

それなりには認められ、それなりには金を持っていて。

だからと言って満ち足りているわけでもない。

結婚には既に失敗していた。

今更女と色恋沙汰などあり得ないと思いながらも、

どこかでそれを渇望していることを創作の中で思い知る。

 

無理だ。あまりにも不自然だ。

そうして止まってしまった筆を動かしてくれたのは、

一人の娼妓。

名前をゆきといった。。。

 

当時の世情や風俗、そして墨東の景色。

作品の価値は主にそこにあるのだろうが、

私には少し違った思いが去来する。

 

時代を超えて。

いや今の世だからこそ痛烈に突き刺さるものがある。

位置情報に監視カメラ、ネットの大炎上。

がんじがらめは今の方がよほど酷かろう。

 

有名であるが故に自由ではない身を、

警察に呼び止められるような身なりに着崩して自由になる。

ならばせめて一度だけでも、

浅草辺りをゆきと二人で歩いてみても良かっただろうに。

 

 

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