※このお話は最初の人魚姫と同じお話です。携帯で閲覧出来なかった方の為に、分けて掲載しております。

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人魚姫(中編)


クオンと別れたキョーコ姫は、なんとかお城へ帰り着いたが、城の中は大騒ぎになっていた。
何事かと思って召使いの人魚を捕まえたら、素っ頓狂な声が上がって、皆が一斉に集まってきて、騒ぎが一層酷くなった。
「キョーコ様!よくぞご無事で!」
「キョーコ姫様がもどったぞーー!」
「まぁまぁこんなにお疲れになって。一体全体どちらまで行ってらしたのですか!皆心配しております。」
「キョーコ様!直ぐにお食事お持ちします故、大人しくしていてください。」
「ささ、こちらへ」
皆に促されて、城の奥へと進むと正面からマリア姫が泳いで突進してきた。
「お姉様ーー!もう心配したんだからーー!!」
「ごめんね。マリアちゃん。」
そしたら後ろからバシンと叩かれる。
「いったーい。」振り返ると奏江姫が涙を貯めていた。
「もーー。ばかキョーコ。心配したのよ。3日も帰って来ないでどこほっつき泳いでたのよ。」
「ごめんね。モー子姉さん。」
「本当に無事で良かったわ。お父様もお母様も心配してたのよ?ちゃんと後で挨拶に行きなさいね?」
「逸美姉さん…」
皆の顔を見てホッとして涙が流れた。実はクオンと別れた後、どうやって帰ればお城に着くかわからずに3日も海を彷徨っていたのだ。その間に改めて海の恐ろしさを思い知った。
暗い海の底は心細く、鮫やシャチに見つかりそうになりながら必死に逃げて来たのだ。

着替えを済ませていたら、使用人が食事を運んで来てくれた。3日振りのまともな食事を楽しんでいるとふと、あの人の事を思い出す。
何時の間にか食事を忘れ、ぼーっと海の遥か遠くを見つめた。
思い出すのは私を護ってくれた逞しい腕と、唇の感触。そして彼の様々な笑顔。強い眼差し。
どのくらいそうやって考えていたのか、奏江姫のノックではっと現実に連れ戻された。
「あんた…いったいどうしたのよ??さっきから様子がおかしいわよ?食事進んでないようだし。食欲ないの?」
「え…?あ、いや…その…。ごめんなさい。食欲はあるのよ?ただちょっと考え事しちゃってて…」
「ふーん??何かあったの?ショウちゃんと…。」
「へ??ショーちゃん??」
「え?違うの??なんか頬を赤らめて何か考えてるからてっきりそうかと…」
「ちがうわよ!なんであんな馬鹿ショーが出てくんのよ!!」
「あんた…こないだまで、その馬鹿ショーにお熱だったじゃないの。」
「勘弁してよ。あんな最低ヒトデ思い出したくもないわよ!!あー!名前聞いたらムカムカして来たー!!」
ゴゴゴゴゴという音と共に部屋の中に海の渦が出来る。
「ちょ、ちょ、ちょっと!落ち着きなさいよ!キョーコ!!」
ドキン。キョーコって、あの人もそうやって私のこと呼んでくれた。胸の奥がキュッ切なく痛む。
渦が収まりホッと胸を撫で下ろす奏江姫。でも少し何かを考えておもむろにキョーコ姫の手を掴んだ。
「ちょっとお父様の所に行きましょう!」
「え??モー子姉さんどうしたの?急に??」
「あんたもしかしたら、父様もまだ知らない特殊な体質持ってるかもしれないからよ」
「特殊な体質…??」
「憩いの珊瑚礁であんた達を襲った突然の渦はあんたが原因なんじゃないの?」
「はぃ??モー子姉さん何言ってるの??」
「いいから行くわよ!」
「わかったから、自分で歩けるよー。」
ザバザバと進んで行く奏江姉さんは手を離さず引きずりながら進んで行く。
はぁー。今頃、彼は何をしてるのかしら?もう3日も経ったし、
私のことなんて忘れちゃったかしらね…?
また会ったら、覚えてくれてるかな?そっとクオンからもらった蒼い石を取り出して握り締める。また、会いたいな…。
そんなことを考えていたら、何時の間にかお父様のお部屋の前に辿りついていた。
奏江姫は軽くノックをすると
「お父様、いらっしゃる?奏江です。」
中から返事が帰って来た。
「おう、奏江か?入れ!」
「失礼します。」
引きずられるように奏江姫と一緒に部屋に入る私を見て、
お父様の顔が綻んだ。
「よう、キョーコ。3日もどこにいってたんだ?心配したんだぞ。」
「お父様。ごめんなさい。ご心配おかけしました!」
「謝罪はいいからそばに来い。ちゃんと顔を見せてくれ。」
「はい。」
お父様は私を手招きすると顎に手を置き、ふむ。と見つめるとニヤッと笑った。
「お前、運命の口付けを交わしたな」
「え?!なっ!…何で…それ…」
真っ赤になって反発する私とは対象的に、真っ青な顔をした奏江が割って入る。
「はぁ!?あんた!何時の間にそんなことっ!!」
「や…あれは、しょうがなかったのよー!命が危なかったんだからー!」
「まぁ、落ち着け二人共。それはそうと、誰と運命の口付けを交わしたんだ??」
「そーよ!一体誰と交わしたのよ?!まさかあの馬鹿ヒトデじゃないでしょうね?!」
「なっ!!違うわよ!もうあんな奴関係ないんだから!あいつは私を利用してただけだってことが充分わかったわよ!」
「なにそれ?!利用ってなによ?!ちょっと全部洗いざらい話しなさい!」
「落ち着けと言ってるんだ!奏江、お前は黙ってろ!…キョーコ、一体誰としたんだ?運命の口付けの意味をお前はちゃんとわかってるんだろうな?」
「わかってます。口付けを交わしたもの同士は結婚しないといけないんですよね?」
「そうだ。だが、一番大事なのは何者としたのか?と言うことだ。
「…おっしゃってる意味がよくわかりませんが…?」
「つまりだな。お前の相手は、人魚か??」
「…違います。」
隣の奏江姫が息を飲むのがわかった。
「違うって…あんた!…っ!」
奏江姫が何か言いかけたが、父上の一睨みで言葉を飲み込んだ。
「…で、相手は誰なんだ?」
何故父親にここまでキスのことを突っ込んで聞かれなきゃいけないのよ!!と内心毒づくキョーコ姫だが、隣で奏江姫も静かにキョーコ姫の答えを待ってるのがわかる。キョーコ姫は渋々という形で答えを口にした。
「人間です…。」




運命の口付けの相手を口にしてからと言うもの、城の中は再び大騒ぎになっていた。
「お姉様!!人間の王子様と運命の口付けを交わされたと言うのは本当ですの!?」
「キョーコちゃん、本当に??」
マリア姫は嬉々として、逸美姫は心配そうにして話かけてくる。
「…うん。ごめん。ちょっと一人にしてくれる?」
「そうね。でも、後できちんと話聞かせてね。ほらマリアちゃん、行きましょう?」
逸美姫は優しく微笑むとマリア姫を促して部屋を出る。
ぼーっとしたままのキョーコ姫は、クオンのことを考えながら、父親に先ほど言われた事を思い出す。
手にはしっかりコーンの石を握り締めている。
『いいか、キョーコ。よく聞けよ。運命の口付けは人魚同志なら問題ないが、その他となれば話は別だ。
運命の口付けを交わしてからは一ヶ月という時間をかけて、我々は変化が始まる。人によっては一ヶ月掛からなかったり、一ヶ月以上かかりもするが、人に口付けた者は人に。イルカに口付けた者はイルカに。ヒトデに口付けた者はヒトデに。口付けた者と同類に変化を遂げる。』
『えっ?!じゃあ、私は一ヶ月後には人間になってしまうと言うことですか?』
『そうだ。もちろん、人魚ではなくなるわけだから、水中で呼吸も出来なければ、今までのように海底で暮らすことも出来なくなるだろう。そして、一番厄介なのは、その相手と、変化した後半年以内に愛し合うようにならなければ泡になって消えてしまうと言うことだ。』
『いやです!そんなの。なんとかなりませんか?!』
『こればっかりは、王である俺でも何とでもならん。』
『そんな!お父様!私はもう家族と会えなくなってしまうということですか?!それを受け入れろと、お父様はそう言うの?!』
『会おうと思えばいつでも会えるさ。お前が泡になったりしなければな。会う方法はいくらだってある。』
『でも…。愛されるなんて…私には…』
私は何も言えなくなった。あんなに素敵な方に愛されるなんてことあるはずがない。ヒトデにだって捨てられた人魚だ。
私はあの方に認められなければ、泡となって消えてしまう。
そして、一ヶ月後にはここにもいられなくなるんだ。一人っきりで生きて行かなければならないんだ…。
キョーコが自分の世界に入って考え事をしていると、父親から楽しむような声がかけられた。
『まぁお前がどうしても人間になんてなりたくない。って言うのなら、一つだけ方法はある。』
『んなっ?!あるんなら、勿体ぶらずに教えてくださいよ!』『その運命の口付けから2週間以内に別の奴と口付けを交わせば塗り替えられるぞ。人魚と口付けを交わせば人間にはならずに済む。』
『……え…?』
『まぁ、そんなことをしたら、お前の相手との記憶も、相手のお前との記憶もお互いに消えてしまうがな。それでいいならそうしろ。お前の相手してもいいっていうやつならいくらでもいるぞ。』


「人魚とキスすれば、コーンとの記憶が、消える…。人間にならなくても済む…?」
ズキン。胸の奥が苦しい。これは一体何だろう?
私は…。私はどうしたら…。
『ねぇ、コーン。…私が人間になれば、貴方は私を愛してくれるの??…人間になって一人ぼっちだったら、私嫌だよぉー。』
握り締めている蒼い色のコーンの石を見つめる。海の青と重なって溶けているみたい。海の結晶なのかな?
人魚が嫌だと思ったことはない。人間になりたいだなんて思ったことはない。家族と離れ離れになるのは嫌。でもキスしたいと思える人魚なんていない。コーンのことを忘れたくはない。忘れて欲しいとも思わない。彼の目にどう言う風に映ったかわからないけれど…。
それでも私はどこかでまた彼と会いたいと思っている。彼の事を考えて胸が苦しくなる。締め付けられる気持ちが愛おしい。
「変なの。あれはキスなんかじゃないのに。あれは、そう、ただの救命行為よ!」
そういいつつも、顔が真っ赤になる。そして思い出すのは彼の笑顔、声や仕草。
「今、貴方は何をしているの?何を想っているの?ねぇ、コーン…」
静かな潮の中で声が切ない声が響く。
コンコン。
「入るわよ?」
「モー子姉さん…。」
「あーもぅ!何を辛気臭い顔してんのよ。一人でウダウダ考えててもどうしようもないでしょ?!話しなさいよ、私にくらい。一人で抱え込まないの!」
「うわーん!モー子姉さーん!!」
「はいはい。わかったから!さっさと話しなさい!」
コンコン。
「キョーコちゃん、少しは落ち着いた?キョーコちゃんの大好物のオヤツを作ったのよ。食べれるかしら?」
「お姉様ぁ…」
「逸美姉さん、マリアちゃん。」
にこやかに入ってきた逸美姫と、泣き腫らした目をしたマリア姫が入って来て、キュッとキョーコ姫の脚にしがみついて来た。
「マリアちゃん…泣いてたの?どうして??」
「だってお姉様、お姉様ともう会えなくなるだなんて、私耐えられないわ!」
「マリアちゃん、聞いたのね?」
「さっき逸美お姉様が話して下さったの。私はお姉様のすべすべで素敵なドハデピンクのこの鱗も大好きなのよ?」
「うん。マリアちゃん、ありがとう。大丈夫よ。私はどこにも行かないわ。」
「本当??」
「キョーコ…。あんたって子は…、何が大丈夫よ!何が!!そんなに辛そうな顔して!」
「辛そう…な顔??…私が??」
「そうよ!鏡見て見なさいよ!そんな身を切られてるような顔して!何が大丈夫なの?」
「そうよ。キョーコちゃん、無理しないで?一人で悩んでないで話してくれる?」
「逸美姉さん…」
するとマリア姫がしがみついた手の力を強めながら、更に続けた。
「わっ、わったし、私、お、お姉様、が、決めたことなら、寂しくっても、応援しますわっ!」
「マリアちゃん!」
私はたまらず、皆を抱き締めて泣いていた。
「はいはい。わかったから。あーもー。うっとーしわね!さっさと話しなさい!」
「うん。ごめんね。モー子姉さん。逸美姉さん、マリアちゃん。全部話すわ。」

そして憩いの珊瑚礁で渦に呑まれたところから、クオンの乗ってた舟が嵐に襲われたこと、そしてクオンが海に飛び込んで、私を護ろうとしてくれたこと。気を失った彼を助ける為に人口呼吸をしたこと。
また会えるかと聞かれたこと。
コーンの石をもらったこと。
私は起きたことを洗いざらい全て話をした。三人は口を挟まず黙って聞いていた。
「それが、運命の口付けになっちゃったってわけね。」
と奏江姫の言葉に、私はこくん。と頷く。
「その彼素敵ね?危険な海だとわかってて、キョーコちゃんを護ろうとして飛び込んできたんでしょ?!」
「無謀以外のなにものでもないわよ!何考えてるのよその男!嵐の中で海に飛び込むなんて!」
「でも、お姉様を護ろうとしてくださったのよ?私も守られたいわー!私だけの王子様と会いたい。うん、きっとその方はお姉様の運命の方に違いないわっ」
「ちょっ、運命の方ってそんな!」
「でもあんたはそんな彼に惚れてるわけでしょ?」
「いや、惚れてな…」
「惚れてるのよね?キョーコちゃん。」
「え?…あの、ちょ…」
「確実に惚れてますわね。さっきのお顔は」
「お顔??」
「あんたねー!そんな顔しておいて何が惚れてないよ!惚れてないわけないでしょー!」
「そして?惚れてないって抵抗するのはどうして?ショーちゃんに捨てられたからこわくなっちゃったの?」
逸美姫の返事を受け、ズキンと胸が痛む。
「あんまりですわ!そんなの。お姉様は何も悪くないのに!お姉様は誰よりも幸せになるべきよ!」
「そうよ!キョーコ!あんな態度だけデカイヒトデ男なんて、ギャフンと言わせてやればいいのよ!」
「キョーコちゃん。大丈夫よ。その彼もきっとキョーコちゃんのことを大切にしてくれると思うわ。だって、そんなに綺麗な石をくれたんですもの。」
「お姉様自信をお持ちになって?私の大好きなお姉様はこんなことでくじけたりしませんわ」
「皆…ありがとう!!」
「それにあんた、その男以外にキスなんか出来る人いるの??」
「う…それは…。自信、ないかも…。」
どんどん小声になるキョーコ姫。
「それに、ほら!まだ時間あるんだからさ、様子見に行ってもいいんじゃない?」
「え…?様子って??」
「だから、コーンのところに行ってきなさいよ!」
「えぇえぇえ?!!」
「何よ?その反応は!」
「だ、だって!!場所なんて覚えてないもの!ここまで帰り着くのだって必死だったんだからー!」
「はぁー??あんた何してんのよ!一ヶ月後には人間の姿になっちゃうのよ?!半年以内に愛し合わなければ泡になるのよ?!」
「嫌よーお姉様!泡になんかならないで!!」
「落ち着いて、皆!困ったわね。仕方ない、皆で探しましょう?」
「「「どうやって??」」」
「え??えっと…気合で??」
「………」
「もーー!逸美姉さん…。」
「だって、それしか思いつかなかったんだもの!!」
クスクス。と笑出す私とマリアちゃん。
「ふふふ、逸美姉さん。流石ね。そうね。気合と根性よね?」
「ふふ、そうと決まれば準備が必要ですわね!私、お父様に伝えて来るわ!」
「ちょっと待って!マリアちゃん!皆でって、貴方まで?!」
「嫌ですわ。お姉様!私だけ仲間外れにしようって言うの?」
「いえ、そういうつもりはないけど、外は危険なのよ?貴方はまだ小さいし、危ないからお父様は許してくれないと思うわ?」
「大丈夫よ!だってお姉様達が一緒だもの!待っててね!すぐに戻るからー」
と言い残して去って行ったマリアちゃんを唖然と見送る私に奏江姫が声をかける。
「無駄よ。ああ言い出したあの子は何を言っても辞めないわ。」
そして私達は三人でどのようにして危険を回避しながら探しに行くかを計画しだした。


(続く)


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