短編です。
今回のは、皆さんのお気に召すかどうか…?
キョーコの母親の性格がわからなかったので、捏造に近いのかもしれませんが、チャレンジして書いてみました。

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君こそ何も知らない


旅番組の収録で京都に来ていたキョーコは、撮影に使われる旅館が尚の実家と知り、嫌な予感を覚えていた。
今回キョーコと共に出演することになっている蓮も、ロケ地に着いたキョーコのただならぬ雰囲気と、同じく出演者の尚の表情を見て、ここがキョーコ達の生まれ育った旅館なのだろうと、おおよその検討が着いた。

キョーコの嫌な予感は外れておらず、タレントの京子が、最上キョーコだと気付いた女将は、撮影の休憩中に、キョーコを奥の間に連れていってしまった。
蓮は、キョーコが心配でいても立ってもいられず、後を付けようとしている尚を捕まえて、自分も連れて行くように言うと、尚は渋々承諾して、奥の間に向かった。

蓮と尚は女将とキョーコが奥の間に収まったのを見て、声が聞こえる隣の部屋に移動した。
しばらく無言状態の隣の部屋から、ようやく一人の女の声が聞こえてきた。


キョーコの目の前には随分と会っていなかった母親が座っている。
キョーコを見ても懐かしむ訳でもなく、愛おしむでもなく、淡々とした冷たい目で相変わらずキョーコを見る母親。
キョーコはゴクリと生唾を飲み込み、こっこりと深呼吸をして心を落ち着けた。

「久しぶりと言うべきかしらね?」
表情と同じく、相変わらず冷たい声で段々と話す母親を見て、キョーコも感情が乗らない声で答える。
「はい。ご無沙汰しております。」
年配の女の声を聞いて、尚が息を飲んだのを見た蓮が、訝しげな目を尚に向ける。
尚は「キョーコの母親だ。」とぶっきらぼうに小声で答えた。
蓮はそれを聞いて複雑な思いのまま耳を傾ける。

「貴方、随分と勝手な真似をしてくれたわね?」
下を向いたまま答えないキョーコを見て、キョーコの母冴菜は続けて口を開く。
「お世話になった不破家に何も言わないで、松太郎くん誑かして出て行くなんて、恩を仇で返す真似をするとは…昔から出来損ないの馬鹿な子だと思ってたけど、思った通りだったのね。」
キョーコはグッと拳を膝の上で握りしめ耐える。
この人に反論するのは無駄だと幼い頃から学習している。
唇を切ったのか、口の中には鉄の味が広がった。
「ちょっと冴菜はん!言い過ぎやわ。」
見兼ねた女将が声をかけるも、冴菜は構わず続ける。
「あんたみたいな子、産まなきゃ良かったわ。恥さらしもいいとこよ。」
冴菜の言葉に、キョーコは思考が完全に停止した。
真っ青な顔で唇を噛んで話しを聞いていた顔から、感情が抜け落ち完全な無表情に変わったのだが、目の前の二人は全く気付かない。
その後も何か話をしているようだったが、冴菜の言葉は全く何もキョーコの耳には入らず、何時の間にか母親は帰る支度をしていた。
「じゃあ、お世話になったわね、女将。こんな出来損ないを押し付けて悪かったわ。…あんたも、もう二度と私の前に現れないでちょうだい。好きに生きればいいわ。親なんてあんたには必要ないみたいだし。」
キョーコは、涙を必死に堪え、無意識に三つ指を付いて、去って行く母親に最後まで頭を下げていた。
女将が冴菜を見送ると、気遣わしげに、キョーコを見た。
「キョーコちゃん…」
キョーコは女将の心配そうな声を聞き、ピクリと身体を震わせたが、心配させまいとグッと気持ちを押し殺し、顔をあげた。
少し申し訳なさそうな顔をして、今度は女将に頭を下げた。
「女将さん、お騒がせして申し訳ありませんでした。」
顔をあげたキョーコが困ったようにニコリと微笑んだ。
「私は大丈夫ですよ?もう子供じゃありませんから。」
そのキョーコの言葉と表情から女将はホッと安堵の息を漏らした。

隣の部屋では、立ち尽くして怒りを露わにする蓮と、冴菜がいなくなったことに安堵している尚がいた。
「はぁー。やっとあのおばさん帰ったか…。俺、あの人苦手なんだよな。」
「……」
何も言わない蓮を見て、尚は馬鹿にしたようにハッと息を吐くと、ぼそりと呟いた。
「あいつは大丈夫だよ。」
尚の言葉に蓮は信じられないという目で尚を見る。
「なん…だと?」
「あのくらいあいつは言われ慣れてるからな。今更あの位で傷付いたりしねぇよ。」
今までの会話が日常茶飯事であるかのように言ってのける尚に驚きが隠せない蓮。
「あんなこと言われて、平気な訳…」
「ふん。あんたは何も知らないんだな。まぁしょうがねぇか…。俺はあいつの幼馴染だからな。あいつのことは誰よりも俺が一番理解してる。まぁ、あいつも俺のことを同じくらい理解してるからな。俺とあいつは切っても切れない縁って訳だ。あんたの入り込む隙間なんてねぇんだよ。」
ふふんと誇らしげに言う尚に怒りを覚えながら低い声で蓮は問う。
「本気で言ってるのか?」
「あぁ。なんなら、あいつがどういう言葉を返してくるか、当ててやろうか?」
尚は得意げにキョーコがこの返してくるであろうやり取りを蓮の前で言った後に、それを証明するために、一足早く部屋を出た。
キョーコが女将と部屋を出て、歩き出そうとしたところで、隣の部屋から尚が神妙な顔で出てきた。
「松太郎…」
女将の呟きに、キョーコは尚をみると一瞬だけ目を見張ったが、すぐに冷ややかな目を向けると「聞いてたの?」とぶっきらぼうに言った。
「あぁ…。」
尚がまた神妙な顔と声で答えると、キョーコはふいと顔を背け、言葉を吐いた。
「私は大丈夫よ。慣れてるもの。知ってるでしょ?あの人があんな態度なのは今に始まったことじゃないもの。」
キョーコはなんでもないようにケロリと告げる。
尚は安心したような顔を作ると、勝ち誇った目を自分の出て来た部屋に残ってる蓮に向けた。
尚の目が、『ほ~らな。言った通りだろ?』と語っている。
蓮は怒りに震える拳握りしめ、尚を睨みつけると部屋から外に出て、尚に向かって怒りを露わにした低い声で凄んだ。
「救い様のない馬鹿だな。お前は!!…何も知らないのは貴様の方だ!」
そのおどろおどろしい声と雰囲気に気付いたキョーコは振り返り、蓮まで話を聞いていたことに驚いて蓮を凝視した。
そのキョーコと合った瞳に写る悲しみと恐怖の色を敏感に感じ取った蓮は、黙ってキョーコの
手を引くと、空いてる部屋に引き摺りこんだ。
尚と女将は蓮の大魔王の雰囲気に当てられて、一瞬遅れをとってしまった。
慌てて蓮とキョーコを追いかけたが、二人の目の前で扉と鍵が閉められてしまい、外から中の声を聞くことしか出来なかった。
尚は苛立たしげに舌打ちした。

「ど、どうされたんですか?敦賀さん?」
至って通常通りのキョーコが口を開く。キョーコはさっきまで母親に言われたことを綺麗さっぱりなかったかのように振舞っている。蓮でなければそんなキョーコの姿に本当に大丈夫なんだ。と騙されただろう。
蓮は何も言わずにギュッとキョーコを抱きしめた。
「きゃ!あ、あの、敦賀さん!私は大丈夫ですよ?あんなのいつものことですし、慣れてるんです。」
キョーコは何でもない風に振る舞う。しかし、身体は僅かに震えていた。
「いいんだよ?泣いても…」
蓮の優しい声に、ビクンとキョーコの身体が跳ねる。
「な、何言って…私は、泣いたりなんて…」
蓮がキョーコを抱きしめる腕に力を籠める。
「君は、そうやって一人で抱え込んで、傷を隠そうとするんだね。誰にも弱味を見せないように、頼らないように…。でもそれじゃあ、いつか君が壊れてしまうよ。こうしてれば泣き顏は見えないから、思う存分泣いていいんだよ。」
それでもキョーコは蓮に迷惑かけまいと気丈に振る舞う。
「敦賀さん!甘やかさないで下さい。私は大丈夫ですから、あのくらいのことで傷付いたりなんてしてません。」
「うん。そうだね。」
蓮は優しく、ポンポンポンと背中を叩く。キョーコは知らぬ間に、蓮の胸元をキュッと握りしめていた。
「大体、ずっと放ってたくせに、いきなり目の前に現れて、あんなこと言われたって…」
途中で言葉を切って、黙ってしまったキョーコに優しく声をかける蓮。
「うん。全部吐き出していいよ?怒りも哀しみも俺が一緒に受け止めるから。一人で抱え込まないで?君は一人じゃない。」
蓮の暖かい体温と、優しい鼓動を感じて、キョーコの瞳からとうとう一粒の涙が零れた。
そしてその涙を追うように次々と涙が溢れてきて止まらなくなる。蓮に必死にしがみつきながら、キョーコは嗚咽混じりにようやく言葉を吐き出した。
「うっ…あんな、産まなきゃ…良かった…なんて…うぅっ…今更、言われっても…」
「うん。でも俺は君が生まれてきたことに感謝してるよ?」
「つ…っるが、さんっは、やさっしすぎるんです!!」
「そんなことはないよ。」
「み…んな、わ、しのとこなんって、どうでもいいんです!」
「そうかな?」
「みん…な、私を、捨てるんだから!!おかぁさんも…コーンもっ!ショーちゃんも!!みんな!みんな!!」
とうとうキョーコは大声をあげてうわーんと子供のように泣き出した。


扉の前で聞いていた尚と女将はショックを受けた。
こんな風にキョーコが泣くのを聞いたのはいつ以来だろう?
いつからか、母親に何か言われても、その後はケロリとしたいつも通りのキョーコがいて、心配しているこっちが拍子抜けしてしまうほどだった。
母親が辛く当たる言葉に免疫が出来たんだとばかり思ってた。
だから、ホッとしていた。泣いてるあいつが苦手だったから。
あいつは、ちょっとやそっとじゃ傷付かない奴だって決めつけて…。
しまいには、タフな奴だって呆れてた。
あいつのことを一番知ってるのは俺自身だと信じて疑わなかった。

…俺は何も見えてなかったのか?
キョーコの心の傷にずっと気付いてやれなかった。あんなに近くにいたのに…なんでだ?
それに何で、あいつにはわかったんだ。キョーコの心が涙を流してるとどうして気付いた?俺よりもキョーコと過ごした時間が少ないくせに…。
なんで俺たち家族が気付けなかったあいつの涙に、赤の他人のあの男は気付くことが出来たんだ?
そりゃあんな言葉を投げかけられても今までケロリとしてるあいつが不思議ではあったけど、それがキョーコなんだって思ってたのに…!

「…ど、して?敦賀さんに、は、分かっちゃうの?誰にもっ!バレないように泣いてたのに!誰にも迷惑かけないように、一人で泣いてたのに!!今までだって誰にもバレなかったのに!!」
「君をずっとみて来たからだよ?俺は君が、人一倍頑張り屋さんなのも、気遣い屋さんなのも、我慢強いのも知ってる。でもね、一人で泣かれるのは、俺が辛いんだ。だから、もう一人で泣いたりしないで?」
その言葉を聞いて、キョーコはギュッと蓮にしがみついた。堪えてた涙が堰を切ったように溢れ出す。辛いことを全て吐き出すよに泣き崩れるキョーコ。
尚は悔しそうに唇を噛んだ。初めて聞くキョーコの悲痛な叫びは尚の心に棘のように突き刺さり抉られるようだった。
尚は居た堪れず、黙ってその場を離れた。
女将も尚を追うように慌ててその場を離れながら、キョーコ達のいる扉を見つめた。
「キョーコちゃん…堪忍な…」
女将は小さく呟くと、走り去った。
女将もまた、尚と同じように、キョーコのことを何も分かっていなかった自分に絶望し、キョーコの抱えていた哀しみに耐えられなかったのだった。


キョーコがひとしきり泣いて、落ち着きを取り戻してきた頃、蓮が意を決して静かに口を開いた。
「キョーコちゃん、コーンは君を本当に捨てたと思ってる?」
「うっ…コーンっは、住むセカイが違うって…私を置いて…」
「うん。確かにそう言ったけど、君はコーンの住む世界に来てくれたからね。」
蓮は優しくキョーコの柔らかい髪を撫でた。
「うっく…?コーンの…世界?」
「そうだよ?コーンの言ってた住む世界は、芸能界なんだよ?キョーコちゃん。」
「え?芸能界??」
キョーコはまだ涙の溜まったままの目でキョトンと蓮を見上げた。
「え??何で敦賀さんがコーンの世界のことを?」
キョーコは泣いていたことを忘れ、蓮を凝視した。
蓮はキョーコに優しくふんわりと笑いかけながら、目尻に残る涙を指で拭った。
「君を一人にしてごめんね、キョーコちゃん。君を迎えに来たよ。」
キョーコは蓮の言葉の意味がわからずに首を傾げた。
「…え?」
「君には、あの時ショーちゃんって王子様がいるから、俺はいなくなっても大丈夫だって思ったんだ。」
「……」
「でも、それは間違いだったみたいだね?」
未だ何を言われてるのか分かっていないキョーコを見て、蓮はクスリと笑った。
「コーンが、実は妖精じゃなくて人間だよ。って言ったら…君は怒る?」
「…え?」
キョーコは蓮をマジマジと見る。
「君は、コーンを嫌いになる?」
「そんな!コーンを嫌いになんてなれません!!」
「そっか…。良かった。ありがとうキョーコちゃん。」
蓮は心底安堵したと言うような笑顔を見せた。
そこでキョーコはあることに気付いた。
「敦賀さん?キョーコちゃん…って?」
「うん?」
蓮はそれ以上何も言わない。ただ優しい笑顔をキョーコに向けている。何かキョーコの答えを待ってるようだ。
キョーコは今まで言われたことをゆっくりと思い出しながら考えた。
そしてキョーコはある答えに辿り着く。
「…もしかして…コーン、なの?」
半信半疑というようなキョーコの言葉を聞いて、蓮は笑みを深めた。
「…うん。ずっと黙っててごめんね。キョーコちゃん…。」
蓮が申し訳なさそうに言うのを聞き、キョーコの中では不思議な感情が渦巻いた。
ーーーそっか。…やっぱり、敦賀さんがコーンだったんだ…。
もしかしたら、心のどこかでわかっていたのかもしれない。妙に納得している自分に驚きはしたものの、蓮がコーンだと分かって嬉しくもあった。
ーーーコーンは、ずっと私の側にいてくれてたんだ。
思えば、蓮にはいつも助けられてた。辛い時、苦しい時、蓮がいるだけで勇気がもらえた。蓮だけが、いつも側で自分をみてくれていた。
ーーー敦賀さんに絶対の信頼と信用を抱けたのは、コーンだからだったんだ。


蓮は自分がコーンと正体を明かす事で、キョーコから怒られることも、泣かれることも、罵られることも、避けられることも覚悟していた。
しかし、今のこの反応は予想外だった。
蓮の腕の中にいるキョーコは蓮を見上げ、花のように微笑んでいるのだ。
不意打ちの微笑みを真近でくらった蓮は、キョーコへの愛おしさが一気に爆発した。
一瞬で無表情になると、次の瞬間、キョーコを力一杯抱き締めた。
「うっ!コー…敦賀さん!!苦し…」
「キョーコちゃん!もう二度と、一人で泣いたりしないで!俺が側にいるから!」
「うっ…はい!ありがとうございます!」
キョーコは蓮の腕の中で嬉しそうに微笑んだ。
「もう二度と君を離さないよ。キョーコちゃん!例え、君が嫌だと言っても、絶対に離さない!」
「…コーン??」
蓮が腕の力を抜くと、不思議そうに見上げるキョーコと目が合った。
蓮は片手でキョーコの頬を撫でると、不意打ちでキョーコの唇を奪った。
キョーコが混乱してるうちに、唇を離されると、蓮がキョーコに告げた。
「好きだよ。キョーコちゃん。ずっと君が好きだった。」
真剣な蓮の目が、キョーコの瞳を捉える。



5。
…………。




……。


4。




……………。





3。




…………。



2。


……。





1 …




「え?!えぇええええぇえぇええぇえ?!?!」
蓮の突然のキスと、先ほどの言葉の意味を正しく理解したキョーコは、容赦なく困惑の叫び声を大音量で発射した。


しばらくパクパクと呆然としているキョーコを見て、蓮は幸せそうに微笑む。
「もう絶対に君を一人になんてしないからね。俺の為に生まれてきてくれて、ありがとうキョーコちゃん。」
蓮のその言葉を聞いて、キョーコは大きな目をまん丸に見開くと、そこから更に涙が溢れた。

ーーー俺の為に生まれてきてくれて、ありがとう。キョーコちゃん。
キョーコの今まで生きてきた人生の中で、嬉しすぎて流れた涙は、これが初めてのことだった。


END

*****

いかがでしたでしょうか?え?微妙??…まぁ、今回のは、尚よりも蓮の方がキョーコを深く理解してるってことを尚にわからせたくて書いたのです。
中々難しかったですね。
今回の話は蓮には告白もキスもさせないつもりだったのに、結局させちゃいましたー!


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