逃した魚と気付かずに


キョーコは今日もBOX"R"の撮影でスタジオに来ていた。
当然ナツスタイルで、共演者のカオリ達と会話を楽しむ。

キョーコ達一団が話しをしながら角を曲がると、キョーコが走って来た誰かの肩とぶつかった。

「きゃあ!」

「あ、悪りっ!」

キョーコが振り返ると走って来てぶつかった相手はショータローだった。ショータローも振り返ってキョーコを見つめて目を瞬く。

キョーコは一瞬目を見開くが、カオリ達が「ナツ!大丈夫?!」
と、声をかけて来たことで、瞬時にナツ魂を憑かせた。

「…大丈夫よ。アンタ達は?怪我はない??」

髪を掻き上げながら、蓮直伝のモデルポーズを決めると、カオリ達もそんなキョーコにいつも通りにナツとして対応する。

目の前のショータローはそのナツの色気に充てられたのか、キョーコを穴が空くほど見つめていた。


ーーーやっべぇ…かも…。

尚の内心はドクドクと心臓が脈打っていた。

ーーーもしかして、この俺が…一目惚れ…か?!

目の前のナツと呼ばれる女から目が離せない。
仕草の一つ一つに見惚れ、虜になってしまいそうだ。

ーーーこの女が、俺の運命の相手かもしれねぇ!!

尚は幼馴染のキョーコのメルヘン思考に影響を受けていたのか、意外と運命の相手がいることを信じていた。

ーーー完璧な俺様の隣には、完璧な女が相応しい。まさに、ビンゴだぜっ!!

「おい!お前、名前は?」

尚は乱暴にキョーコと気付かず声をかける。


キョーコは目の前の幼馴染が自分と気付かずに声をかけてくるのを冷めた目で見ていた。

ーーー 一体全体、過去の私はこいつの何を見てたの?

おそらく初対面だと思ってるであろう相手に、馴れ馴れしい態度を取る幼馴染に嫌気が差す。

「………ナツ。」

キョーコは短く答えると、皆との話しに戻ろうと冷ややかな視線を残してショータローに背を向ける。

すると、途端にショータローから腕を掴まれた。

「ま、待てよ!!」

慌てたような声を聞き、眉間にシワを寄せる。

あんなに一緒にいたのに、少し格好をいじっただけで、自分に気付かない幼馴染に、呆れつつ振り返ると、ナツを憑かせてからかうことに決めた。

「なぁに?まだ何か用なのかしら…?悪いけど、アンタなんかに付き合うほど暇じゃないのよ。…それとも、アンタ…私達を楽しませてくれるのかしら…?」

ナツがクスクスと怪しげな笑みを零すと、ナツグループがキョーコのアドリブに合わせて動く。どうやって遊んでやろうかしら…?と品定めをするようにショータローを囲む。

尚は怪しげな笑みを浮かべたナツに衝撃を受け、キョーコを掴んでいた尚の手が緩む。

ーーー何だ…この女…。まるでこの女の目に操られるみてーだ…。

キョーコはその尚の腕が緩んだ隙に流れる様な動作で、尚の手からスルリと自分の腕を抜くと、一歩引いた位置から、愉しそうに尚を囲むカオリ達を見つめた。

「なっ!俺は、お前に…。」

尚はナツを見つめるが、ナツの目の奥は冷めたまま、ただ見つめ返すだけ。

「さぁ、愉しませて頂戴?」

ナツの表情に、ゾクリと尚の心臓が冷える。

尚の顔面が蒼くなった所で、ナツの後ろにカツンと靴音を鳴らして、大きな男が立った。


「やぁ、はじめまして…かな?君が、噂のナツかい??」

「これはこれは、敦賀先輩。お疲れ様です。」

ナツは急に近くから聞こえた声に振り返り、その美声の主に妖しく微笑むと、色気をたっぷり含んだ声で返事をする。

「芸能界一忙しい貴方が何故ここに??今日はFスタだったはずでは?」

蓮はナツの雰囲気に合わせて夜の帝王を発動すると、キョーコの腰を抱いて身体を引き寄せ、顎を片手で捉える。

「君に…逢いに来たって言ったら??」

ナツはクスクスと笑うと、誘うような目を蓮に向け、蓮の首に腕を回す。

「あら?お上手ですね…?」

完全に二人の世界に入ったナツ魂を付けたキョーコと、夜の帝王を付けた蓮をみて、他のメンバーは赤面して固まる。

ただ、抱き合ってるだけで何もしてないのに、何故かとてつもなく、二人の空気がエロいのだ。


二人の姿を見てイライラと焦った尚が痺れを切らして噛み付くように蓮に言った。
「おい!敦賀蓮!!お前は、キョーコが好きなんじゃないのかよ?!」

尚が叫ぶと、キョーコは怪訝な顔を尚に向ける。

「はぁ?!アンタ何言ってんの?!」
やっと自分に感心を示したナツに尚は得意げにニヤリと笑ながら告げ口をするように口を開く。

「こいつはなぁ、地味で色気のない最上キョーコって女のことが好きなんだよ!!」

ーーーは?!こいつは何言って…?…っ?!

キョーコが訳が分からないという顔で困惑していると、腰を抱いてる蓮の腕にグッと力が篭った。
キョーコが驚き、蓮を見上げると、困ったように眉を寄せて見つめる蓮と目があった。

「ま、あの鈍いキョーコはあからさまなこいつの独占欲に気付かずに、全く相手にされてないから、見ていて滑稽だけどな。芸能界一とか言われてるのに、
ざまぁねーぜ。本当は芸能界一かっこ悪い男なんじゃねぇの?」

尚の勝ち誇って馬鹿にしたような発言にキョーコはムッとする。

ーーー何でこんな奴に、敦賀さんが馬鹿にされなきゃなんないのよ!!!!

キョーコから怨キョがドロドロと暴れ出しそうになった所で、蓮から背中をポンポンと叩かれ、キョーコは蓮を見上げる。

「"ナツ"、あいつは、君が誰だかわかってないの?」

蓮にナツと言われたことで、慌ててナツ魂を憑け妖しく微笑みながら答える。

「えぇ、滑稽でしょ?」

「本当に、笑えるな…。そしてどうやら奴は、ナツの君に夢中見たいだよ?」

「そんなの…願い下げよ。私は、貴方くらい魅力的じゃなきゃ物足りないわ…。」

キョーコは言いながら、蓮の頬に手を伸ばす。
キョーコの言葉とキョーコの手の感触に、蓮の目の奥が光る。

「へぇ、本当に…?」

「おい!!人のこと無視してんじゃねぇ!!!!」

空気を読めない尚がズカズカと二人の間に割り込もうとするが、蓮の腕によってそれは阻止される。

「気安く触らないでもらおうか。」

「お前には、地味で色気のねぇ、家政婦みてぇなキョーコをくれてやるよ!!だから、その女を寄越せ!!」

尚がまるでガキ大将が玩具を横からブン取ろうとするように言うので、蓮は哀れむような視線を尚に送った。

「君は、まるでガキだな。相変わらず、人を物扱いか…良い身分だな。だけど…」

蓮はそこで一度言葉を切ると、目の前のキョーコを強く抱き締めた。

「もらえるものは有難くもらって行くよ。ありがとう。」

そういいつつ、なおもナツを抱き締めている蓮に、尚はイライラを募らせた。

「わかったらとっとと離せよ!!いつまで抱き締めてんだよ!!」

「君は本当に訳の分からない奴だな。譲ってくれたのは、君だろう?」

「は?!俺が譲ったのはキョーコだけだ!!その女は俺が先に目を付けたんだよ!!」

その尚の発言を聞いていたナツグループの面々は、こそこそと話しをする。

「キョーコって、京子のこと??」

「えぇ?!ナツが京子って気付いてないの?!」

「ただの馬鹿ね…。」

カオリとツグミとユミカは、尚を一瞥して視線をそらすと、哀れむようなため息を同時に吐いた。

「な、なんだよ!お前ら!!」

尚はそんな三人の馬鹿にした態度に憤慨する。

すると、蓮が目の前のキョーコに話しかけた。

「さて…と、君はさっきの不破君の発言は、ただの戯言だと思ってるだろうね?…でも、俺の君への想いは例え、奴の戯言だろうと、否定することが出来ないくらい俺の中でとても膨れ上がってるんだ。」

「え?!」

「不破君の言う通り、俺は君が好きだよ。好きで好きで堪らない。」

「…っ?!」

「不破が君を譲ってくれたが、君は物じゃない、ちゃんと意思があるはずだ。」
蓮がキョーコを抱き締めたまま、髪をゆっくりと梳き、キョーコの目を真っ直ぐに見つめる。

「君は自分の意思で決めて良いんだよ。君は君であって、誰の物でもないんだから。」

神々スマイルでキョーコを見つめる。
尚は怪訝な顔で二人のやり取りを見ている。まだ分からないようだ。
キョーコはそんな蓮の視線から目が離せず、惹きつけられるように見つめた。

「もう一度言うよ。俺は、君が好きだよ、最上さん。ずっと君へ片想いしていた。君は…?俺のこと、どう思ってる?」

キョーコの顔が蓮の言葉を受けて、一気に真っ赤になる。

「へ?!わ、わた、わた、私は…!」

真っ赤になって、アタフタするのが可愛らしい。

「と、と、とにかく!一度放してください!!」

「嫌だよ。離さない。俺は絶対に君を離したりしない。あの馬鹿のように、逃がした魚のことで後悔はしたくないからね。」

腕の中でピチピチと暴れる魚…もといキョーコは、蓮の腕の中でピタリと止まり、じっと蓮を見つめる。

「敦賀さん…。私は私の意思で決めていいって言ってませんでした?」

「うん。言ったね。だから決めていいよ。俺の腕の中でね。」

「あの、それって既に拒否権がないように思うんですけど…。」

「それは願ったり叶ったりだね。嬉しいよ。」

ニコニコと柔らかく笑う蓮に、キョーコはため息を付いてふんわりと微笑んだ。

その可憐さに、蓮が無表情で固まる。
それに気付かないキョーコは、目を伏せてもじもじと言った。

「あの…ですね、ほ、本当は、私…も、敦賀さんのこと…す、好…き…です。」

「本当に?!嬉しいよ!!最上さん!!」
蓮は心底嬉しそうにキョーコに抱きついた。

その姿に呆気にとられるその他一同。

「んなっ!あいつが…キョーコ…だと?!」

尚は顔面蒼白で二人を見つめた。

「つ、敦賀さんって、あんなに無邪気な顔もするんだ…。」
ツグミは若干ショックを受けていた。

「どれだけ京子にベタ惚れなのよ…。」
呆れたのはカオリだ。

「京子さんって…凄いわよね…。凄い修羅場だったわ。琴南さんに見せたかったかも…。」
ユミカは関心しながら二人を見つめていた。

「「「それにしても…」」」

三人の声が被る。
「これは、あれね。」
「そうよね。」
「やっぱり…」

「「「逃がした魚はデカかったってやつ?!」」」

三人は面白そうな目で、一人ショックで立ち直れない尚を見つめる。
尚はブツブツと、「ウソだ…。」とか、「信じらんねぇ…」とかつぶやいていた。


目の前の一目惚れした女は、かつて自分があっさりと捨てた幼馴染のキョーコだったのだ。

そのキョーコを腕に収め、嬉しそうにしているのは、芸能界一良い男と言われている敦賀蓮。

「君は、最高に魅力的な女の子だ。俺は君が6歳の頃からそれに気付いていたよ。」
「え?!6歳…ですか?」
「京都の河原…、青い石…、ハンバーグ王国…。妖精…、王子様…。」

「うそ…コーン?!」

「そうだよ。キョーコちゃん。ずっと君は俺にとって昔から特別な女の子だった。」

「どうして…言ってくれなかったの?」

「勇気がなかったからかな。だけど、今は君が俺の腕の中にいることを選んでくれたから。」

「コーン!!」

キョーコは涙ぐむと、蓮をギュッと抱き締めた。

「願わくば…君の王子様になりたい…とずっと思っていた。」
蓮が愛おしそうにキョーコを抱き締め返す。

完全に二人の世界を作り出しているのをみて、カオリ達三人はやれやれとその場を離れる。

尚はしばらくそこから動くことが出来なかったのだった。


END


*****


ナツがキョーコと気付かない尚の話しを書きたかったのです。

完全に自己満足です!!

なんか、中途半端な話しになっちゃいましたが、楽しんで頂けたら幸いです。