追跡者、尚
尚はその日、むしゃくしゃした気分でテレビ局内を歩いていた。
通りかかった楽屋の表札で、見たくもない名前を見つけ、足早に去ろうとした所、聞き覚えあり過ぎる女の声がその楽屋の中から聞こえ尚はピタリと立ち止まってしまった。
「じゃあ、敦賀さんは今日は20時上がりなんですね?」
「うん。そうだよ?最上さんは?」
「私も同じくらいです。どちらのテレビ局ですか?」
「俺はTBMかな。」
「わかりました!では、終わり次第私がTBMに向かいますね!私は敦賀さんより少し早いくらいの上がりの予定なので、着替えて向かったら丁度20時くらいには着けると思います!」
「わかった。ごめんね。来てもらう形になってしまって。」
「いえ、お気になさらないでください!私、体力だけは誰にも負けない自信ありますから!!」
「無茶したらダメだよ?」
「はい。では、20時頃にTBMの駐車場でお待ちしてますね?」
「いや、駐車場はまだこの季節寒いだろう?俺の楽屋で待ってたらいいよ。」
「え?でも…。」
「着く時間わかったら、社さんに連絡して。女の子を駐車場なんかで待たせるわけにはいかないよ。」
「あ、はい!わかりました!すみません。ありがとうございます!」
「気にしないで。待ってるからね。」
「あ、ありがとうございます!!」
尚は、邪魔しに入ろうかと思ったが、カッコつけで変にプライドが高い為、立ち聞きしてしまったことを知られたくなくて、時間を気にするフリをしてその場を離れた。
頭の中では、『TBM』、『20時頃』の二つの単語が交互に駆け巡っていた。
その日の尚は19時には仕事が終わる予定だった。
「祥子さん、今日は今から行きたい所があるんだけど…。」
「いいわよ?何処に連れてけばいいの?」
「TBM。」
簡潔に答えた俺に祥子さんは、TBM?どうして?と聞いて来たが、着いたら話す。とだけ伝えて、車を走らせてもらった。
着替えを済ませて、車に乗り込みTBMに向かうと、思ったよりも時間がかかり、着いたのは、20時5分前だった。
ーーギリギリセーフか?
そう思いながら、祥子さんには、テレビ局から駐車場への出入り口が見えやすくて、目立たない所に車を止めてもらうようお願いした。車から降りようとする祥子さんを制して、ことの経緯を話した。
今日はあいつらの関係をはっきり見極める為に、後をつけたいという事を祥子さんに話すと、ため息を吐いて、分かったわ。と短く答えた。
待つこと10分。三人の人影が現れた。
よく見えないが、あの嫌味な程高い身長の男はおそらく俺の気に食わない男のものだろう。
少しだけ開けておいた窓から、三人の会話が聞こえて来た。
「迎えの車、もう着いてるらしいよ。入り口出て、左に進めだってさ。」
「ありがとうございます。社さん。」
「あぁ、じゃあまた明日な、蓮!
明日は蓮の入りは昼過ぎからだったよな。直接テレビ局で落ち合おう!14時だからな!遅刻だけはするなよ。キョーコちゃん、こいつのこと頼むね。」
「はい!おまかせください!」
「分かってますよ社さん。明日もよろしくお願いします!」
「あれ?社さんは一緒に乗っていかれないんですか?」
「うーん?一緒に乗りたいのは山々なんだけどね、俺は蓮のマネージャーだからね、不自然だろう?同じものに乗ってたら。…俺は、タクシーでも拾うよ。」
社と呼ばれた眼鏡のマネージャーが困ったように答える。
ーーマネージャーが同じものに乗ってたって、何も不自然じゃねぇだろ?むしろキョーコとあの男を二人っきりにすることの方が不自然じゃねぇか!
俺の頭の中は疑問符でいっぱいなのに、キョーコはそうですね。と納得したようだ。
一体なんだと言うんだ?
社と呼ばれたマネージャーと別れた二人は、仲良く談笑しながら、歩いていた。
ーーくそ、いちゃつきやがって!キョーコのくせに!!
蓮が何かキョーコに囁くのに対し、少しだけ照れ笑いしながら答えるキョーコの様子と、それを見つめる蓮の表情は、尚からしたら、いちゃついてるようにしか見えなかった。
尚はイライラしながら、二人の行き先を目で追う。
二人が向かった先は、尚からもよく見える位置に停まってる、一台のキャンピングカーのようだった。いや…ロケバスだろうか?
若干派手で豪華な作りに見える車に二人で乗り込むと、車はゆっくりと進み出した。
祥子さんの運転する車で、少し離れて後を追う。
すると、その二人が乗り込んだ車は、とあるホテルの前で停まった。
時刻は既に21時を回っている。
ーーこんな時間に、ホテルに何の用だ?…まさか!!
祥子はそこから少し離れたところに車を寄せた。
車からはまず、奇抜な格好をした女の子がピョンと降りて来た。
「セツ。はしゃぎ過ぎるな。危ない。」
続いて大柄な男がのっそりとおりて来た。
「兄さん!早く早くぅー!」
ーーなんだ?あのいかれた格好の二人は…?あんなのと一緒に乗ってたのか?…ん??あの身長差は…。
おそらく、街中やテレビ局でばったり出くわしたとしても、気付くことはないだろう。そのくらい普段の二人の空気と雰囲気がガラリと違っている。
しかし、尚にはあの2人が蓮とキョーコであるとどこかで確信していた。
2人が降りたロケバスは、直ぐに発車をした。
「動いたわね?また追うの?」
祥子さんは今の2人が蓮とキョーコだと気づいてないのだろう、動き出したばかりのロケバスを注意深く見ている。
「いや、祥子さんここで降りよう。」
尚はそう言うが早いか、ドアを開けると、外に飛び出した。
「ちょっと!尚待ちなさい!!」
祥子は尚の腕を捉えると、あたりを見回し、見つけた店に尚を引き摺るように駆け込むと、簡単な変装を施す為に普段尚が身につけないだろうというような上着と、帽子を購入して被せた。
「とりあえず、不破尚がいるってばれたら大騒ぎになるでしょ?さっきの二人がキョーコちゃんと、敦賀さんなら、あの二人も変装してるみたいだし、目立たないに越したことはないわ。」
祥子の言葉に、尚はむっすりとしながらも頷くと、祥子に言われるまま着替えを済ませて、先程のホテルに向かった。
祥子がコツコツと受付に近付く。
「部屋空いてるかしら?ツインかダブルで。」
「はい。二名様ですね。空きございます。ツインの部屋で5012号室へどうぞ。」
「ありがとう。」
祥子は笑顔で鍵を受け取ると、尚を促して部屋へと向かった。
尚は祥子が受付を済ませるのを、鬼のような形相でソファに座り、ロビーに佇む宿泊客に目を光らせていた。
ホテルの部屋に着くやいなや、尚は内線電話を手に、おもむろに電話を掛け始めた。
どうやらホテルに泊まっている客の中から電話でキョーコ達の部屋を探し出す気らしい。
一部屋一部屋執念深くかけて行く。
そして電話を掛け始めて、二時間後ようやく目当ての部屋を見つけ出したのだ。
時刻は既に、23時を回っていた。
しつこいくらいコールを鳴らすと、漸く不機嫌そうな男の声が、聞こえて来たが、どうやらその声が発したのは英語のようだ。
受話器をとった後、暫く間を開けて、ドスをきかせた声で、唸る様に相手が英語で言った。
『……こんな時間に何の用だ?』
「…………」
正直、思わずちびりそうになる声だったが、何とか無言で抑えた。
『…用がないなら…「兄さん?…どうしたの?電話?」…あぁ、セツ…上がったのか。』
ーーガチャンッ
唸る男の後ろから、女の声が聞こえた。
間違いない。キョーコだっ!
確信したところで、電話が乱暴に切られた。
ちっ。と、舌打ちしながら、電話を苦々しげに見つめる。
ーーーやっぱり…泊まってやがったか…しかも…二人一緒の部屋だと?!
尚の中でふつふつと怒りが湧き上がる。
今すぐに怒鳴り込みに行きたい気分だがそれは祥子によって止められた。
明日も早いからとベッドに寝かしつけられるが、冗談じゃない。
この今の時間も、キョーコとあいつが二人っきりだと思うと…。
ーーーくそっ!やっぱり眠れねぇ!!
尚はベッドの中で祥子が休む時を伺う。
思いのほか色々と作業に追われる祥子はベッドに入らずにいたのだが、2時頃にようやく布団に入ったようだった。
それを見て、尚はむくりと起き上がると、落ち着かない頭を冷やそうと散歩に出掛けることにした。
そしてやはり無意識に足が向くのはキョーコの部屋…。
流石にこんな時間に怒鳴り込むほど常識がないわけではない。だが、どうしても2人は何もないのだという確信が欲しかったのだ。
散歩がてらなので階段を使ってぶらぶらと上の階に上がって行く。
キョーコとあの野郎の部屋のある階に到着すると、部屋の前の不自然なくらい大きな物体がいて驚いて固まってしまった。
ーーーなっ…なん…なん…だ??
すぐにそこにいるのが奴だと気付いた。
どうやらシーツを頭から被っているらしい。
しかし、目は酷く虚ろな目をしていることが遠目からでもわかった。
ーーーなんだ?あいつ…実は夢遊病…とか??
尚が蓮の様子に呆気に取られてると、蓮の目の前のエレベーターが到着の音を響かせた。
ーーチンッ。
開いたドアから現れたのは、イカれた格好をした幼馴染、キョーコだった。
「どーーーしたの?」
案の定、驚いているキョーコに尚はうんうん。そう思うよな。と、思わず内心で同意を示す。
驚き過ぎて固まってしまったキョーコに、ボソボソとした低い声が何かを言っているようだが、尚のとこからは聞き取れなかった。
そして、二人のやりとりを見ていた尚の目の前で信じられない大事件が起こったのである。
蓮が自身の纏っているシーツを広げてキョーコに向かって言ったのだ。
「来い…」
…と。尚には衝撃的な瞬間だった。
ーーーんなっ!!
尚が驚きで口をあんぐりとひらいたのだが、その次の瞬間、さらに信じられない出来事が尚の目の前で起きた。
フラフラとキョーコが吸い寄せられるように蓮に近付き、たちまちのうちに、シーツに吸い込まれてしまったのだ。
大切そうに抱きしめる奴の仕草に、心が締め付けられた。
ーーーキョーコが…行ってしまう…。
そう思うのに、足はその場に根が生えたように動かない。
ギュゥッとシーツごと抱き締めた蓮は、キョーコの頭まで全てを覆い隠すように抱き締めたかと思ったら、その顔をシーツの中に埋める。
まるでシーツの中のキョーコにキス(しているように、尚の目には写った。)しているようだった。
そのまま二人は静かにドアの中へと消えて行った。
尚は結局朝までその場から動くことができなかった。
ワナワナと握りしめた拳が震える。
そして、やはり今日も尚の中でお得意の妄想が炸裂するのだ。
「だぁー!!!!何が一緒に寝ようだ!!子供じゃねぇんだから、一人で寝やがれぇぃ!!」
この日一日で何度卓袱台をひっくり返したかわからない。
あの時、止められなかった自分が情けない。
「くっそー!敦賀のやろう!!キョーコになんってことしやがる!!キョーコから離れやがれ~!!!!」
今日もまた、一人で賑やかな楽屋に尚の怒声が響く。
平和な一日の一時。
(終わり)
*****
あまりにも書けな過ぎて、過去に書き掛けだった作品に手を出してしまいました(笑)
久々の短編っ(笑)
しかもなんかぎゃぐっぽい?!
尚に、実は二人が一緒に生活してるのよ。ってとこを見せ付けてやりたかったのです!!
そしたら、「来い」でギュッも見せたくなっちゃって無理やり繋げてみました!
お楽しみ頂けてたら幸いです。(笑)
尚はその日、むしゃくしゃした気分でテレビ局内を歩いていた。
通りかかった楽屋の表札で、見たくもない名前を見つけ、足早に去ろうとした所、聞き覚えあり過ぎる女の声がその楽屋の中から聞こえ尚はピタリと立ち止まってしまった。
「じゃあ、敦賀さんは今日は20時上がりなんですね?」
「うん。そうだよ?最上さんは?」
「私も同じくらいです。どちらのテレビ局ですか?」
「俺はTBMかな。」
「わかりました!では、終わり次第私がTBMに向かいますね!私は敦賀さんより少し早いくらいの上がりの予定なので、着替えて向かったら丁度20時くらいには着けると思います!」
「わかった。ごめんね。来てもらう形になってしまって。」
「いえ、お気になさらないでください!私、体力だけは誰にも負けない自信ありますから!!」
「無茶したらダメだよ?」
「はい。では、20時頃にTBMの駐車場でお待ちしてますね?」
「いや、駐車場はまだこの季節寒いだろう?俺の楽屋で待ってたらいいよ。」
「え?でも…。」
「着く時間わかったら、社さんに連絡して。女の子を駐車場なんかで待たせるわけにはいかないよ。」
「あ、はい!わかりました!すみません。ありがとうございます!」
「気にしないで。待ってるからね。」
「あ、ありがとうございます!!」
尚は、邪魔しに入ろうかと思ったが、カッコつけで変にプライドが高い為、立ち聞きしてしまったことを知られたくなくて、時間を気にするフリをしてその場を離れた。
頭の中では、『TBM』、『20時頃』の二つの単語が交互に駆け巡っていた。
その日の尚は19時には仕事が終わる予定だった。
「祥子さん、今日は今から行きたい所があるんだけど…。」
「いいわよ?何処に連れてけばいいの?」
「TBM。」
簡潔に答えた俺に祥子さんは、TBM?どうして?と聞いて来たが、着いたら話す。とだけ伝えて、車を走らせてもらった。
着替えを済ませて、車に乗り込みTBMに向かうと、思ったよりも時間がかかり、着いたのは、20時5分前だった。
ーーギリギリセーフか?
そう思いながら、祥子さんには、テレビ局から駐車場への出入り口が見えやすくて、目立たない所に車を止めてもらうようお願いした。車から降りようとする祥子さんを制して、ことの経緯を話した。
今日はあいつらの関係をはっきり見極める為に、後をつけたいという事を祥子さんに話すと、ため息を吐いて、分かったわ。と短く答えた。
待つこと10分。三人の人影が現れた。
よく見えないが、あの嫌味な程高い身長の男はおそらく俺の気に食わない男のものだろう。
少しだけ開けておいた窓から、三人の会話が聞こえて来た。
「迎えの車、もう着いてるらしいよ。入り口出て、左に進めだってさ。」
「ありがとうございます。社さん。」
「あぁ、じゃあまた明日な、蓮!
明日は蓮の入りは昼過ぎからだったよな。直接テレビ局で落ち合おう!14時だからな!遅刻だけはするなよ。キョーコちゃん、こいつのこと頼むね。」
「はい!おまかせください!」
「分かってますよ社さん。明日もよろしくお願いします!」
「あれ?社さんは一緒に乗っていかれないんですか?」
「うーん?一緒に乗りたいのは山々なんだけどね、俺は蓮のマネージャーだからね、不自然だろう?同じものに乗ってたら。…俺は、タクシーでも拾うよ。」
社と呼ばれた眼鏡のマネージャーが困ったように答える。
ーーマネージャーが同じものに乗ってたって、何も不自然じゃねぇだろ?むしろキョーコとあの男を二人っきりにすることの方が不自然じゃねぇか!
俺の頭の中は疑問符でいっぱいなのに、キョーコはそうですね。と納得したようだ。
一体なんだと言うんだ?
社と呼ばれたマネージャーと別れた二人は、仲良く談笑しながら、歩いていた。
ーーくそ、いちゃつきやがって!キョーコのくせに!!
蓮が何かキョーコに囁くのに対し、少しだけ照れ笑いしながら答えるキョーコの様子と、それを見つめる蓮の表情は、尚からしたら、いちゃついてるようにしか見えなかった。
尚はイライラしながら、二人の行き先を目で追う。
二人が向かった先は、尚からもよく見える位置に停まってる、一台のキャンピングカーのようだった。いや…ロケバスだろうか?
若干派手で豪華な作りに見える車に二人で乗り込むと、車はゆっくりと進み出した。
祥子さんの運転する車で、少し離れて後を追う。
すると、その二人が乗り込んだ車は、とあるホテルの前で停まった。
時刻は既に21時を回っている。
ーーこんな時間に、ホテルに何の用だ?…まさか!!
祥子はそこから少し離れたところに車を寄せた。
車からはまず、奇抜な格好をした女の子がピョンと降りて来た。
「セツ。はしゃぎ過ぎるな。危ない。」
続いて大柄な男がのっそりとおりて来た。
「兄さん!早く早くぅー!」
ーーなんだ?あのいかれた格好の二人は…?あんなのと一緒に乗ってたのか?…ん??あの身長差は…。
おそらく、街中やテレビ局でばったり出くわしたとしても、気付くことはないだろう。そのくらい普段の二人の空気と雰囲気がガラリと違っている。
しかし、尚にはあの2人が蓮とキョーコであるとどこかで確信していた。
2人が降りたロケバスは、直ぐに発車をした。
「動いたわね?また追うの?」
祥子さんは今の2人が蓮とキョーコだと気づいてないのだろう、動き出したばかりのロケバスを注意深く見ている。
「いや、祥子さんここで降りよう。」
尚はそう言うが早いか、ドアを開けると、外に飛び出した。
「ちょっと!尚待ちなさい!!」
祥子は尚の腕を捉えると、あたりを見回し、見つけた店に尚を引き摺るように駆け込むと、簡単な変装を施す為に普段尚が身につけないだろうというような上着と、帽子を購入して被せた。
「とりあえず、不破尚がいるってばれたら大騒ぎになるでしょ?さっきの二人がキョーコちゃんと、敦賀さんなら、あの二人も変装してるみたいだし、目立たないに越したことはないわ。」
祥子の言葉に、尚はむっすりとしながらも頷くと、祥子に言われるまま着替えを済ませて、先程のホテルに向かった。
祥子がコツコツと受付に近付く。
「部屋空いてるかしら?ツインかダブルで。」
「はい。二名様ですね。空きございます。ツインの部屋で5012号室へどうぞ。」
「ありがとう。」
祥子は笑顔で鍵を受け取ると、尚を促して部屋へと向かった。
尚は祥子が受付を済ませるのを、鬼のような形相でソファに座り、ロビーに佇む宿泊客に目を光らせていた。
ホテルの部屋に着くやいなや、尚は内線電話を手に、おもむろに電話を掛け始めた。
どうやらホテルに泊まっている客の中から電話でキョーコ達の部屋を探し出す気らしい。
一部屋一部屋執念深くかけて行く。
そして電話を掛け始めて、二時間後ようやく目当ての部屋を見つけ出したのだ。
時刻は既に、23時を回っていた。
しつこいくらいコールを鳴らすと、漸く不機嫌そうな男の声が、聞こえて来たが、どうやらその声が発したのは英語のようだ。
受話器をとった後、暫く間を開けて、ドスをきかせた声で、唸る様に相手が英語で言った。
『……こんな時間に何の用だ?』
「…………」
正直、思わずちびりそうになる声だったが、何とか無言で抑えた。
『…用がないなら…「兄さん?…どうしたの?電話?」…あぁ、セツ…上がったのか。』
ーーガチャンッ
唸る男の後ろから、女の声が聞こえた。
間違いない。キョーコだっ!
確信したところで、電話が乱暴に切られた。
ちっ。と、舌打ちしながら、電話を苦々しげに見つめる。
ーーーやっぱり…泊まってやがったか…しかも…二人一緒の部屋だと?!
尚の中でふつふつと怒りが湧き上がる。
今すぐに怒鳴り込みに行きたい気分だがそれは祥子によって止められた。
明日も早いからとベッドに寝かしつけられるが、冗談じゃない。
この今の時間も、キョーコとあいつが二人っきりだと思うと…。
ーーーくそっ!やっぱり眠れねぇ!!
尚はベッドの中で祥子が休む時を伺う。
思いのほか色々と作業に追われる祥子はベッドに入らずにいたのだが、2時頃にようやく布団に入ったようだった。
それを見て、尚はむくりと起き上がると、落ち着かない頭を冷やそうと散歩に出掛けることにした。
そしてやはり無意識に足が向くのはキョーコの部屋…。
流石にこんな時間に怒鳴り込むほど常識がないわけではない。だが、どうしても2人は何もないのだという確信が欲しかったのだ。
散歩がてらなので階段を使ってぶらぶらと上の階に上がって行く。
キョーコとあの野郎の部屋のある階に到着すると、部屋の前の不自然なくらい大きな物体がいて驚いて固まってしまった。
ーーーなっ…なん…なん…だ??
すぐにそこにいるのが奴だと気付いた。
どうやらシーツを頭から被っているらしい。
しかし、目は酷く虚ろな目をしていることが遠目からでもわかった。
ーーーなんだ?あいつ…実は夢遊病…とか??
尚が蓮の様子に呆気に取られてると、蓮の目の前のエレベーターが到着の音を響かせた。
ーーチンッ。
開いたドアから現れたのは、イカれた格好をした幼馴染、キョーコだった。
「どーーーしたの?」
案の定、驚いているキョーコに尚はうんうん。そう思うよな。と、思わず内心で同意を示す。
驚き過ぎて固まってしまったキョーコに、ボソボソとした低い声が何かを言っているようだが、尚のとこからは聞き取れなかった。
そして、二人のやりとりを見ていた尚の目の前で信じられない大事件が起こったのである。
蓮が自身の纏っているシーツを広げてキョーコに向かって言ったのだ。
「来い…」
…と。尚には衝撃的な瞬間だった。
ーーーんなっ!!
尚が驚きで口をあんぐりとひらいたのだが、その次の瞬間、さらに信じられない出来事が尚の目の前で起きた。
フラフラとキョーコが吸い寄せられるように蓮に近付き、たちまちのうちに、シーツに吸い込まれてしまったのだ。
大切そうに抱きしめる奴の仕草に、心が締め付けられた。
ーーーキョーコが…行ってしまう…。
そう思うのに、足はその場に根が生えたように動かない。
ギュゥッとシーツごと抱き締めた蓮は、キョーコの頭まで全てを覆い隠すように抱き締めたかと思ったら、その顔をシーツの中に埋める。
まるでシーツの中のキョーコにキス(しているように、尚の目には写った。)しているようだった。
そのまま二人は静かにドアの中へと消えて行った。
尚は結局朝までその場から動くことができなかった。
ワナワナと握りしめた拳が震える。
そして、やはり今日も尚の中でお得意の妄想が炸裂するのだ。
「だぁー!!!!何が一緒に寝ようだ!!子供じゃねぇんだから、一人で寝やがれぇぃ!!」
この日一日で何度卓袱台をひっくり返したかわからない。
あの時、止められなかった自分が情けない。
「くっそー!敦賀のやろう!!キョーコになんってことしやがる!!キョーコから離れやがれ~!!!!」
今日もまた、一人で賑やかな楽屋に尚の怒声が響く。
平和な一日の一時。
(終わり)
*****
あまりにも書けな過ぎて、過去に書き掛けだった作品に手を出してしまいました(笑)
久々の短編っ(笑)
しかもなんかぎゃぐっぽい?!
尚に、実は二人が一緒に生活してるのよ。ってとこを見せ付けてやりたかったのです!!
そしたら、「来い」でギュッも見せたくなっちゃって無理やり繋げてみました!
お楽しみ頂けてたら幸いです。(笑)