コーンの森で… 2


光は何だかんだ言ってもやっぱり気になるのか、後ろの社の了解を得て軽く座席を倒した。

こっそり隙間から覗くと、キョーコの横顔が見える。先程までは楽しそうに談笑していたのに、気付けば、蓮の肩を枕に気持ち良さそうに寝息を立てていた。
それを見た光は軽くショックを受けた。
後ろから社の声が聞こえる。
「蓮!顔!顔!」
顔?と思って、蓮を見ると男の自分でも思わず赤面してしまうような愛しむような目でキョーコを見つめている蓮の顔があって驚愕した。破顔?!
「社さん、すみません。無理ですよ。」
気ままスタイル

(イラスト提供:「気ままスタイル」ミネラルさん)

その蓮の言葉と表情から流石に光でもわかってしまった。
蓮もキョーコが好きなのだと。
光は遣る瀬無い気持ちでいっぱいになって、そこから目を逸らした。
しばらく目を閉じていると、後ろから社の声とシャッター音が聞こえる。
「蓮の奴め!幸せそうな寝顔だな。よし、これでしばらくからかってやろう!」
光はまた更に強く目を閉じた。

尚の隣では美森が夢の世界を彷徨っていた。
たまに尚の方に倒れかかってくるのがうっとおしく、尚はさりげなくよけていた。祥子さんが御手洗に立ったところで、蓮とキョーコの様子が気になって、座席から少し腰を上げ、斜め後ろを見た尚は絶句した。
蓮とキョーコが恋人同士のように寄り添って、それはそれは幸せそうに眠っていたからである。
隣のマネージャーはというと、ニマニマしながら、携帯電話を構えてなにやら二人を撮っている。
いや、この際、そんなマネージャーはどうでもいい!
ーーーくそ!キョーコのやつ!何であんな奴に頭を預けて寝てやがるんだよ。
尚がイライラして見ていると、キョーコが若干身じろぎして、更に深く敦賀蓮の方に擦り寄っていた。
蓮は無意識にそんなキョーコが動きやすいように頭を浮かすと、キョーコの位置が定まったところで、再び頭を傾ける。
さっきよりも若干キョーコの方に顔を向けている。
尚はイライラすると、顔を反らし自分の椅子にどかりと座る。
美森はそんな尚の様子に薄目を開けて尚を見上げる。
「ん…。尚…ちゃん?」
「何でもねぇよ。着いたら起こしてやるから寝とけ。」
そう言うと、窓辺に寄りかかり肘をついて窓の外の景色をながめた。
美森は何時の間にかその尚の肩に寄りかかっていたのだが、尚はため息吐くだけで、避けることはなかった。
お手洗いから帰って来た祥子は若干顔色悪かったが、原因は蓮とキョーコの寄り添って寝てる姿を見たからだろう。
「おかえり」
とぶっきらぼうにいう尚をみれば、大人しく美森を肩に乗せてる姿が目に入り、ホッと胸を撫で下ろした。
アレが目に入ったら大変だわ。と心で呟きながら返事を返す、
「ただいま。美森ちゃんはお疲れのようね。」
祥子は苦笑いしながら腰を下ろした。


「最上さん?そろそろ着くよ?起きて。」
心地良い微睡の中、軽く肩を揺すられて、目を覚ます。
すぐ近くから聞こえる大先輩の声。頬の下に感じる体温でキョーコは目をパチクリと開いた。
見上げた先には、綺麗なフェイスラインの顎と形のいい唇が目に入り、それはそれは至近距離であることが大いにわかってしまった。
途端に先輩の肩を借りて寝てしまっていた事実に気付き、顔を真っ赤にした後に一気に青褪めて、謝罪を試みる…が、それはさせてもらえなかった。
「~~~!!も、申し訳…」
「はいはい。わかったから、ここ新幹線の中だから大人しくしてようね。」
大きな声を出そうとした唇は、むにっと、先輩の人差し指で静かにするように仕向けられていた。
唇に触れている指が熱く感じ、キョーコの顔はまた赤くなっていた。


現地に用意されていたロケバスに同じ新幹線に乗っていた9人が乗り込み、美森のマネージャーとブリッジロックのマネージャーも同じく乗り込む。
ロケバスの1番後ろの座席に収まったのは蓮と、キョーコと社だ。
「それにしても、急遽入った撮影のロケ地が京都だなんて…」
キョーコが呟くと蓮もキョーコをみた。
「懐かしくなった?」
「懐かしいなんて…苦い思い出だらけですよ。」
「え?!もしかして、キョーコちゃんって京都出身なの?」
「あ、はい!そうです。」
「苦い思い出だけ?」
蓮が不満そうに問いかけたが、キョーコはそれに首を傾げつつ、あ!と声を漏らす。
「コーンとの想い出だけは唯一の大切な想い出ですよ!」
ニッコリと微笑んでいうと、蓮も満足そうに微笑んだ。
「それは良かった。」
「ん?コーンってなんだ?」
社が不思議に思って聞くが、それに蓮が答えた。
「最上さんの、大切なお友達ですよ。ね?」
「はい!コーンは妖精界の王子様なんです!」
その言葉を自信満々に言うキョーコを見て、満足気に微笑んでるのは、蓮くらいだろう。

他の皆は固まってしまった。
「京子ちゃん…妖精って…。」
流石の光もキョーコのメルヘンすぎる発言についていけないようだ。
「は!馬鹿か、お前は!妖精なんているわけないだろうが!!いつまで夢見てやがるんだよ!」
キョーコ達より、二つ前の席に座った尚が馬鹿にしたような声を出す。
「うるさいわね!あんたは黙ってなさい!!」
その発言にムッとしたキョーコはすぐに反論したが、それはすぐに阻止された。
「はいはい。最上さん、その辺でね。不破君の言葉を一々気にしてたら持たないよ。」
「そうですね!すみません。敦賀さん…。」
「は!優しい大先輩様は、後輩の馬鹿げた発言を信じるってか?!ご苦労なこって…」
「ちょっと尚!!敦賀さんに失礼よ!!礼儀をわきまえなさい!」
またもや突っ掛かってくる尚にキョーコが反論する前に、尚のマネージャーである祥子が止めに入る。
しばらくは蓮と尚のピリピリした空気が車内を重くしていた。
しかし、見兼ねたキョーコが蓮を見上げ、申し訳なさそうに眉を下げた事で、蓮はキョーコに怒ってないよ。という意味を込めて、優しい微笑みを浮かべたままポンポンと頭を叩き、また和やかな空気になっていった。

一行が到着した場所には既に撮影機材が運び込まれ、撮影の準備が進められていた。

これぞ京都というような街並の茶屋の前には何台ものカメラがセッティングされている。

その周りにはロープが張られ沢山のギャラリーが集まっていた。
この場所はキョーコや尚の通っていた中学校の側だということがわかり、キョーコは目を閉じて深呼吸をすると、タレント兼女優の京子として目を開いた。

まだロケバスから降りる必要はないはずなのに、自分がいることをアピールしたいのか、尚は何気ない仕草を装って外に出て伸びをすると、肩を鳴らした。
「きゃー!!ショー待ってたわ~!!」
「ショー久しぶり~!!」
何処かからかショーがくることを聞きつけていたのか、口々に集まっていたギャラリーから名を呼ばれ、尚はご機嫌だ。
恐らくここに集まっている多くのギャラリーは尚がデビューする前から追っかけをしていたメンバーだろう。
「ショー!!」
「不破くーん!!」
ギャラリーの騒ぎ様にスタッフが眉を顰めるのだが、尚がそんなギャラリーにカッコつけて見せるので、益々観客が湧いた。
美森も続いて降りて尚に近付くとそれだけでギャラリーから罵声が飛ぶ。
「ちょっとなんなのよあの子!ショーに近付くなー!!」
ギャーギャー騒ぎ立てるギャラリーを見て、蓮が目を見開く。
「凄い人気だな…」
「まぁ、元々あいつこっちでライブとかやってましたからね。」
キョーコが遠い目でそれを見つめていると、ギャラリーの中に見知った顔を見つけてしまった。
ショーの熱烈な追っかけの一人で、キョーコをいじめていた人物だ。
両手を前で合わせていたキョーコは無意識にギュッと手を握り合わせた。
「どうかした?」
蓮が心配そうにその顔を覗き込んだが、キョーコはふるふると首を振ってにっこりと微笑んだ。
「何でもありませんよ。」
キョーコの笑顔に何かを感じて、蓮はキョーコの握り締められた手を上から優しく握った。
「大丈夫だよ。君は、最上キョーコは大丈夫だよ。」
蓮に呪文のように言う言葉に、キョーコの胸がほっこりと温まった。
今度は心からの笑顔を蓮に向ける。
「はいっ。敦賀さんありがとうございます!」
はにかみながら言う姿に、蓮は優しく微笑む。

そんな二人を光はそっと眺めることしか出来なかった。


(続く)



web拍手 by FC2