天然の小悪魔


これは…何の拷問なのだろうか?
蓮は自分の目の前にいるキョーコを無表情でただ見つめながら思うのだった。


連日深夜まで撮影が入り、早朝から一日が始まると言う日が続いており、精神的にも身体的にも疲れが溜まっていた。
今日は久しぶりにゆっくりと出来る時間に終わったのだが、そこに、愛しい少女から助けを求める電話がかかってきたのだ。

20時に撮影を全て終わらせ、家へと向かう車を走らせる。
家ではキョーコがご飯を作って蓮の帰りを待ってるはずなのだ。
蓮は逸る気持ちを抑えて、ハンドルを握っていた。

疲れてるはずなのに、心はウキウキと弾んでいる。キョーコという人物が関わるだけでここまで変わる自分に驚かされた。


自分のマンションのくせに態とチャイムを鳴らして帰宅を教える。
すると新妻の如く出迎えてくれるキョーコに笑みが零れる。
食事が第一と連れられた食卓でキョーコの手料理に舌鼓を打つ。
これが毎日のことになればいいと心底思う蓮だった。
他愛ない話をしながらした食事はあっという間に片付いて、いよいよキョーコの相談にのることになった。

3日後にCMの撮影に参加することになったキョーコは、役作りの為に、早目に絵コンテをもらったのだという。
しかし、その絵コンテを見て絶望的になったというのだ。
自分になど出来るはずがないと途方にくれていたところで、蓮の上がりが今日早いということを聞きつけ、無理は承知で連絡したのだという。

顔面蒼白でどうしたらいいのかわからないというキョーコに、蓮は安心させるように微笑んで、その問題の絵コンテを見せてもらい、ビシリと笑顔のまま固まってしまった。

これは…最上さんが困って当たり前だろう。何故なら彼女は愛の欠落者ラブミー部員なのだから…。蓮はそう想いながらも、悶々とする想いを抱えるしかなかった。


それはお口爽やかガムのCMだった。
一人の男が余程疲れたのか、自宅のソファにゴロンと横になる。
そのまま手を延ばして、テーブルからガムを掴むと徐に噛み始める。
ふぅ~と大きなため息を付いて目を閉じると、一気に眠りへ落ちて行った。
そのガムの匂いに誘われて一人の小悪魔が歩み寄る。
男に馬乗りになり、身体を摺り寄せて、その男の口に向って吐息を吹き掛けながら『私も食べたいな…ねぇ、貴方を頂戴。』
そして寝ている男に口付ける寸前のところで、『小悪魔も魅了する口臭に』というキャッチフレーズのガムの宣伝に切り替わる。


キョーコのそんな演技の練習に付き合うことになってしまった蓮の精神的なダメージは半端なものではない。
そしてこれは上手く出来るようになったとしても、男の相手役がいるわけで…今よりも露出度の高い服でこのようなことを他の男にすることになるのだ。

蓮の疲れた精神も手伝ってプスプスとした嫉妬の炎が、理性の紐を燃やして行く。

蓮の部屋のリビングにあるソファで、蓮の身体に馬乗りになったキョーコが蓮の頬に手を伸ばす。ひんやりとした手が蓮の頬を包み込み、今にもキス出来そうなくらいに唇を寄せ吐息を吹きかける。
「…わ、わ…あ…あ、あああー!!…む、むむむ、むむむむ無理ぃぃぃぃ~!!」
キョーコは一気に蓮から飛び退くと、顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりしながら目に涙をいっぱい溜めて、動揺を露わにした。
それを見て、蓮が大きなため息を零す。
「よ、夜の帝王であらせられる敦賀様にこのような破廉恥極まり無い行い…」
「はいはい。とりあえず、落ち着こうか?…ところで、夜の帝王って何かな?」
頭が混乱しているのかわけの分からない言葉を並べ立てるキョーコを、蓮は制すも、その単語の中に引っかかる単語を見つけてつっこんだ。
「ひ、ひぇっ!そ、それは…その…よ、夜の帝王と言いますのは…!この世のものとは思えないほど艶かしい姿に…」
「…………。まぁいいか。とりあえず最上さん、緊張し過ぎ。肩の力抜いて、少し落ち着こう。腰が完全に引けてるし、手も震え過ぎ。」
「はっ!!も、申し訳っ!」
「はいはい。わかったから、とりあえずそのカチンコチンの動きを何とかしようか…。」
ふぅ~。と息を吐く蓮に、キョーコは涙目でコクコクと頷く。
「一旦、何か飲もう…ココアでいい?」
「あ、わっ!私がっ!」
「いいから…君はそこに座ってて。」
そう言って蓮はソファから起き上がると、一人でキッチンへと向かった。


キョーコはそれを見届けて、シュンと小さくなる。
「やっぱり…地味で色気のない私みたいな女にはこんな役は無理よ…。」
キョーコはズーンと床に食い込みそうな程、落ち込んでいた。


キッチンに行った蓮は、赤くなった頬を隠すように手で包み込み、自身を落ち着けさせるために、大きな深呼吸を繰り返した。
ギリギリのところに繋ぎとめられた理性の紐を何とか必死に繋ぎとめる。
甘くて柔らかいキョーコという温もりが同じ部屋にいるだけでも危険なのに、そのキョーコにソファに押し倒されるような形になっていなくてはいけないのだ。
実際には寝ているところに勝手に覆いかぶさってくるので、押し倒すとは違うかもしれないが、どちらにしろ、精神的なダメージは相当なものだ。
本当にキョーコがちゃんと出来なくて良かったと心底思うくらいだ。
あの絵コンテ通りにやられたら平静でいられる自信なんてない。
理性を保てる自信などもはや砂で出来た城のように脆くなっているのだ。

いつもより時間を掛けて、カップにコーヒーとココアを注ぐ。

その香りを嗅いで心を落ち着けると、蓮はまた戦場に赴く気持ちでキョーコの元へと戻るのだった。


(続く…のか…な?)


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続くかどうかは気分次第です!
書きたいなぁ~って気分になったら書くかも?

こんなに終わりもありかも?みたいな(笑)
急に浮かんだSS(笑)